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其の百二十四 婿取り茶会
しおりを挟むすっかり吉次という存在を持て余していた角倉屋。
そんなある日のこと。
油問屋の松坂屋が婿を探しているという話を耳にした。釣り合いのとれる家格にて、外にやってもいいという手頃な次男か三男あたりを紹介して欲しいと、仲人に頼んでいるとのこと。
この話に妙に乗り気になったのが吉次。このままでは飼い殺されることが自分でもわかっていたのであろう。甘い両親とはちがって厳しい兄。代替わりをすれば、いまよりも締め付けがずっと厳しくなるのがわかりきっている。頭を剃られて寺なんぞに放り込まれたらたまらない。
ならば松坂屋の婿にまんまとおさまるのが上策というもの。自分の手練手管と容姿があれば、箱入り娘なんぞを落とすのはたやすい。そんな皮算用もあったのだろう。
だが相手は箱入りは箱入りでも、そんじょそこらのお嬢さまとはちがった。
◇
松坂屋のひとり娘である美耶。
我こそはと名乗りをあげた大勢の婿候補らと、いちいち会うのはめんどうだと、馴染みの料亭を一日借り切って茶会を催し、まとめて済ますことにする。
茶会当日はお日柄も良く日本晴れ。
着飾り集まった男たちに順番に挨拶していく美耶。手づから茶を振る舞いつつ、しばし言葉を交わしては相手の人となりを探る。一方で男たちは、どうにか自分を選んでもらおうと必死であった。だがとんだ空回りにて途中からは自慢合戦の様相を呈し、男たちは張り合い熱を帯びるばかり。そのせいでどんどんと美耶の目が冷めたものとなっていくのにも気づかない。
そんな男たちを内心で嘲笑っていたのが吉次。伊達に女遊びに興じていない色男。女が男の自慢話にうんざりしているのをちゃんとわかっていたもので、そんな輪に加わることはない。
如才なく立ち回り、それとなく美耶の側へと近寄り「いやはや困ったものですね」なんぞと声をかけ苦笑い。自分はあいつらとはちがうと、さりげなく示す。そしてこの場ではそれまで。
ここで前のめりとなって、餓えた野良犬のようにがつがついくのは得策ではない。
いきなりがっと腕を掴まれたら誰だって嫌がる。それと同じこと。初めは優しくそっと触れ、徐々に慣れさせてから。寄せては返す波のよう、押して引いて、また押して、その微妙な匙加減こそが色道の極意。
……のはずであったのだが、当てがはずれた。
美耶は「そうね」と答えたきりで口を噤んでしまう。態度が素っ気ない。
ばかりか以降、吉次の方を一顧だにしやしない。
普通であれば警戒を緩めて、自然と会話がぽつぽつと生まれ、距離も縮まるはずなのに。
てっきり恥ずかしがっているのかと思い、その横顔を盗み見てみれば、そんな風でもなし。
こんなことは初めてであった。
美耶はこれまで手玉にとってきた女たちとはちがう。手強い相手だ。そのことが逆に吉次の闘志に火をつけた。
結局、この日の茶会で美耶のお眼鏡に適う殿方はあらわれなかった。
そして以降、すっかりご執心となった吉次が、美耶の周辺をちらちらうろつくようになった。
◇
角倉屋をあとにした近藤左馬之助。その足で向かっていたのは油問屋の松坂屋。
婿取り茶会の話は左馬之助も知っていた。なんとも剛毅なことだと江戸市中でもたいそう評判になったからだ。
しかしそこに角倉屋の吉次が混じっていようとは思わなかった。表向きには不行状の数々を隠されていたがゆえに声がかかったのだろう。
もっとも肝心のお嬢さまは、とりつくしまもなかったようだが……。
それを逆恨みして吉次が美耶を害したというのならば、いかにもありえそうな話。だが、実際に死んだのは吉次の方。
だから今回の連続怪死事件と松坂屋は関係ないだろう。左馬之助はそう考えている。それでもわざわざ店に足を運ぶのは、少しばかり美耶という娘に興味を覚えたのと、そんな彼女の目から見て、吉次という男がどのように映っていたのかを訊ねてみたいと思ったからだ。
けれども「ごめん」と松坂屋ののれんをくぐったところで、目にしたのは知己の姿。
帳場にて背を丸め、ちゃかちゃかちゃか、算盤の珠をはじいていたのは九坂藤士郎。
「あれ、左馬之助じゃないかい、どうしてここに?」
「それはこっちの台詞だ。藤士郎こそついに貧乏道場を畳んで、商人に鞍替えすることにしたのか?」
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