狐侍こんこんちき

月芝

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其の百二十三 繋がり

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 八王子から江戸へとまたぎ、甲州街道にて起きた連続怪死事件。
 とても人の仕業とは思えぬ残虐な手口にて、次々と殺されていく男たち。
 そんな耳目を引くような怪異譚を瓦版屋が放っておくわけもなく、すぐさまよみうりを刷ったもので、じきに江戸の民草らも知ることになる。
 とはいえだ。しょせん殺されたのは八王子の宿でも有名な鼻つまみ者ども。
 破落戸同士のいざこざ、縄張り争い、おおかたみせしめにでもされたのであろう。
 骸がむちゃくちゃに破壊されて、すべて顔を削がれているなどの不審なところは多々あれども、狂人の考えなんぞはいくら考えても詮無き事。ましてや怪異だなんぞと騒ぐのは武士のすることではない。だからわりきって、結果のみを追うことにした捕り方の役人たち。

 発生した事件を順繰りになぞれば、どうやら下手人は江戸に潜伏しているとおもわれる。
 となればあとは包囲網を敷いて、それをせばめていけば、いずれ魚は網にかかるはず。
 だからここは預かりちがいの垣根を越えて、協力を密にしようと上の方で話がまとまりかけた矢先のこと。
 新たな事件が起きた。

 殺されたのは薬種問屋の角倉屋の次男である吉次なる者。
 角倉屋は堅実な商いを信条としており、売られている薬の質はたしか。そのくせ値段は少し抑えてくれているとあって、世間からの評判は上々。
 跡継ぎとなる長男も父親に輪をかけたしっかり者にて、「角倉屋さんの先は明るくて、うらやましい」という声が周辺からよく聞こえてくる。
 そんな角倉屋の身内が殺された。手口からして下手人は甲州街道の件と同じにちがいあるまい。
 だが、八王子の権蔵一家と江戸の薬種問屋の次男坊。
 まるで接点がない両者に、捕り方連中は「はて?」と首を傾げる。しかしあのような陰湿かつ執拗な手口からして、まったくの無関係ということはあるまい。
 そこで南町奉行所の定廻り同心である近藤左馬之助(こんどうさまのすけ)が、上役からの命にて角倉屋へと赴き、主人からじかに話を聞くことになった。

  ◇

 江戸で殺された権藤一家の長である一太、角倉屋の次男である吉次。
 ふたつの現場と死体の検めにも立ち会っていた近藤左馬之助。それゆえに彼は強い確信を抱く。

「この恨みつらみの深さは尋常ではない。けっして無関係なんぞではありやしない。かならずや繋がりがあるはずだ」と。

 客商売、外聞もあろうとの配慮から角倉屋の奥座敷にて、こっそり店主と会った近藤左馬之助は相手をひと目みるなり内心で「おや?」
 息子を亡くしたばかりで憔悴している。けれどもその一方でどこかほっと安堵しているような雰囲気があったからである。これはとても奇妙なことであろう。
 そのことを気に留め、注意深く相手の様子を探りつつ、近藤左馬之助は淡々と事件のあらましと惨状について語り聞かせる。それこそありありと現場が頭の中に浮かぶほど仔細に密に。

 みるみる青ざめていく店主。じきに小刻みに震えだした。
 こうして散々に脅し、そろそろ頃合いかと判断したところで近藤左馬之助が動く。
 偉丈夫にて切れ者と評判の同心からぎろりと睨まれ、「さあさあ」と厳しく詰問され、すっかり震えあがった角倉屋の店主。

「おおそれながら……」と白状したのは、世間には伏せられてあった息子吉次の不行状の数々であった。

 賢しらで口がよくまわり外面はいいものの、生来の怠惰な性質にて、楽な方楽な方を選ぶ。堪え性がなく、金子にも女にもだらしなく、ともすれば店や親をあてにしようとする。
 なんど諫めても、いい返事なのはその場だけのこと。三日もすれば元通り。

「兄はしっかりしているのに、どうして同じ腹から生まれた弟はこうなんだろう」

 同じように育てたつもりなのに、気づけば兄弟は真逆に育っていた。
 ほとほと困った両親は、意を決して吉次に勘当を言い渡すも、そうしたらそうしたで癇癪と自棄を起こし、今度は外で勝手に店の名前を使ってのやりたい放題。多大な迷惑をかけられる始末。「もう、うちとは関係ない、知らぬ存ぜぬ」は通用しない。自分では切ったつもりでも、世間的には切れぬのが血の縁の難儀なところ。どこまでもまとわりついてくる。
 目を離したらかえって手に負えない。
 だったらまだ目の届くところに置いて、首に縄をつけておいたほうがいい。
 吉次の勘当はほどなくして解かれた。

 そんな吉次が、ときおり女連れで遠出をしていることには家の者らも薄々勘づいていた。八王子の宿で見かけたという話を、人伝手に聞いたこともある。なにせ甲州街道は往来が盛んなのだ。店に出入りしている者も多数利用している。
 だがいつもほんの数日で戻ってくるもので、そのうち「またか」とたいして気にも留めなくなっていた。

  ◇

 角倉屋の店主より話を聞いて、近藤左馬之助はすぐに権藤一家と吉次にはやはり繋がりがあったらしいと察する。
 店の名前と己の容姿を使って女をたぶらかしては、八王子くんだりにまで連れ出したところで、そこで待ち受けているのは権藤一家。
 おおかた女衒(ぜげん)の真似事でもしているのだろうが、ひどい話である。
 街道筋の宿場町の女郎屋に売られるのか、はたまたずっと遠くにて足がつかない場所へと送られるのか。
 さすがの近藤左馬之助も、よもや連れ出された女たちが、その先で寄ってたかって乱暴されて無惨に殺されていようとは夢にも思わなかった。


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