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其の百二十二 怪死
しおりを挟む八王子の宿の町中にて、ざわざわと黒山の人だかり。
惨殺死体がでたのだ。
懐目当ての物盗りの犯行であろうか、はたまた痴情のもつれか、怨恨の類か。
集まった野次馬たち、遠目に囲んでは口々に憶測を並べ、ひそひそひそ……。
亡くなった者を前にしていささか不謹慎なれども、憐れみよりもむしろ好奇が勝るのはしようがない。なにせ殺されたのが、あの嫌われ者の集まりである権蔵一家の五太であったのだから。
◇
遺体発見当初、殺されたのが五太だとはわからなかった。
なぜなら顔がなかったからである。いかなる剣の達人の手によるものかはわからないが、おでこから下顎にかけてすっぱり、顔の前半分が切り落とされていた。
だがそんなものは序の口、現場の異様さはそれだけではなかった。
骸はまるで磔の刑のような格好をしていた。火の見櫓のなかほどに広げた両腕を杭で打ちつけられ、腹は鳩尾から臍へとかけて縦に裂かれており、垂れた中身がぶらんぶらんと風に揺れていた。
最初に骸に気がついたのは、たまさか近くを通りがかった旅人。少し宿を早出して先を急ぐつもりであった。だがぽつりと頬を打つ滴に「おや、雨かい? いやだよ。ひどくならなければいいのだけど」と拭ってみれば、なにやら手の甲が赤い。それが人の血であると気がつくまで寸の間。はっとして見上げてみれば「ひいっ!」と腰を抜かしたという次第。
そこから先はたいへんな騒ぎであった。
いつまでもそんなところに見苦しい物を置いておくわけにはいかず、さりとて高所ゆえに降ろすのにたいそう難儀する。
ちょいと役人の手には負えそうにないので、高い所の作業に慣れている大工や火消し衆に応援を頼むことにする。梯子を立て掛け、屋根に登り、簡単な足場を組んで、縄を結んで、大勢の手を借りて四苦八苦。とんだ大仕事。大の男たちが多勢にてようやくであった。
苦労して地上に降ろしてみれば、顔無しの骸は尋常ではないひどいあり様。
居合わせた者らはみな怖気に襲われ自然と距離をとる。あまりの気持ち悪さに吐く者もひとりやふたりではすまない。検分をした医者や役人も顔面蒼白にて、いまにも卒倒しそうであった。
それでもどうにか落ちついてくると、今度は疑問が次々と湧いてくる。
「殺されたのはどこのどいつだ?」
「どうやってあんなところにまで運んだのであろうか?」
「なんのためにそんな手間をかけたのだろう?」
「執拗な痛めつけようからして、よほどの深い恨みであろうけど」
「にしても、これはあまりにも度が過ぎている」
「ここは天下の往来に面したところだぞ。いつの間に?」
「すぐそこに番屋もあって、夜通し人が詰めていたはずなのに」
わからないことだらけにつき、どうにも薄気味が悪い。
だからとていつまでもぐずぐず手をこまねいているわけにもいかない。現場を執り仕切っていた役人は、「まずは殺された者の正体がわからねばどうにもなるまい。櫓の付近を探せ。なんぞ身元につながる品が落ちているやもしれん」と命じる。
指示に従って周辺を探っていると、悲鳴をあげたのは手伝いをしていた者のうちのひとり。探索中にぷぅんと鼻をついたのは鉄錆のような臭い。よくよく見てみれば地面に赤い染みが点々と。追ってみるとどうやら道端に置かれた火消し用の水桶へと繋がっている。だからひょいと中をのぞいてみれば誰かと目があった。
てっきり水面に映る自分かとおもいきや、それが底に沈んだ人の顔だとわかって「ぎゃっ!」
まるで削ぎ落とすかのようにして切り取られた顔面。
引きあげてみれば、権蔵一家の五太だとわかって、ようやく判明した殺された者の正体。
権蔵一家のことは八王子の宿では誰もが知っている。そして日頃の悪さが祟って方々より恨まれていることも。
だからすぐに今回の事件の筋は怨恨と定め、さっそく権蔵一家に話を聞こうと連中の住処に踏み込んだのだが、ひと足遅かった。すでにもぬけの殻となっていた。
近隣の者らに行方を訊ねてみれば、つい先日、何やら慌てた様子にて急ぎ旅支度を整え江戸へと発ったという。だがその数が四人だと聞いて役人は首を傾げる。
権蔵一家といえば七人組にて、義兄弟を気取った連中であると有名。殺された五太をのぞいても、ちと数が足りない。
では残りはどこへ?
その疑問の答えはほどなくしてわかった。
前後して届いたのが、八王子の隣の地にある林にて発見された惨殺死体の報。
状態はこちらと似たり寄ったり。殺されたのはどうやら権蔵一家の六太と七太であるらしい。
七人中三人が立て続けに殺される。それも奇怪な方法にて。
いかに阿呆な破落戸どもとて、自分たちが狙われていると気がつくというもの。だからこそ残りの連中は泡を喰って逃げ出したのであろう。
迷惑な連中が勝手にいなくなってくれるのならば、地元としては万々歳。
とはいえ仲間割れの線もわずかに残っているので、このまま捨て置くというわけにもいかない。だからいちおうは手配書を街道沿いに回してみた。
すると権蔵一家の消息は、さほど刻を置くこともなく判明する。
江戸へと向かう道すがら、四太、三太、二太と順番に怪死を遂げており、唯一残った一家の長である一太も、江戸市中のとある寺へと駆け込む手前で、無惨な姿となっているところを発見された。
八王子の宿から始まった連続怪死事件により、潰えた権蔵一家。
だが事件はまだ終わりではなかったのである。
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