狐侍こんこんちき

月芝

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其の百十七 亀侍

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 藤士郎の背中に生えた小さな甲羅。
 子亀程度の大きさにて、痛みや違和感などはなく、動きを邪魔することもないので、いまのところ支障はない。
 せいぜい仰向けに寝るときに少し注意するぐらいである。
 とはいえ気になるもので、いっそのことかさぶたみたいに、べりっと剥してしまおうかとも考えたが駄目だった。これがちっとも取れやしない。
 母上や銅鑼に手伝ってもらって無理に引っぺがそうとすると、さすがに「あ痛たたた」となるので断念する。

 原因として思いつくのは、少し前まで飲んでいたあの薬……。
 だから我が家に出入りしている河童の宗吉に頼んで、薬をくれた得子に問い合わせてみたところ。

「あれま、そんなことに……。やっぱり人の身には効きすぎちまったか。そいつは悪かったねえ。でも心配はいらないよ。なぁに、しばらく辛抱していればそのうち勝手に消えてなくなるよ。途中、ちょっと腫れるかもしれないけど、どうということはないはずだから」

 とのお返事。
 ひょっとしたら、このままずんずん甲羅が大きくなって、やがて河童になってしまうのではと不安であった藤士郎は、ほっと胸を撫で下ろしたものであったが……。

 それから三日経ち、五日経ち、十日が過ぎた。
 なのに背中の甲羅はいっこうに消える気配がない。
 それどころか、いまでは鍋の蓋ぐらいの大きさにすくすく育っている。しかも始めのうちはやわらかかったのに、すっかりかちんこちん。
 おそらくはこれが得子のいうところの「腫れる」という状態なのであろう。もしくは気になるから、ついいじったのが良くなかったのかも。
 おかげでいまでは寝るときはもっぱら、うつ伏せか横向きである。気軽に寝返りもうてやしない。こんな姿では湯屋にも通えない。江戸っ子としてはこれが地味にこたえる。
 しかしもとから長身痩躯にて、顔色もいまいち、つねに猫背で夜道の垂れ柳を連想させる冴えない容姿のおかげで、いまのところ周囲にばれていないのが、せめてもの救い。
 それでも用心してなるべく屋敷から出ず、他人とも距離を置いていたのだが、そんなときに限って、外からお呼びがかかるから困りもの。

 相手は口入れ屋の店主であった。
 以前、藤士郎に面と向かって「腕っぷしを活かした用心棒稼業をやりたい? だめだめ、あんたにはむいてないよ。やめておきなさい」と懇切丁寧に諭した人物。
 いくら剣の腕があろうとも、見た目で威圧できないのでは用心棒としては失格。ことを未然に防いでこその、この稼業。実力もさることながら、求められるのは張り子の虎役なのである。かかる火の粉を払いのけるのはもちろんのこと、それを寄せつけないことこそが肝要なのだ。
 だから頼りなく見えるのは論外なのである。周囲より与し易しと侮られては、かえっていらぬ災いを招き寄せ、雇い主を危険にさらす。

 その点に限っては、藤士郎はてんで役者不足であった。
 だというのに口入れ屋の店主は邪険に扱うこともなく、親身になって他のたつきの道を考えてくれたおかげにて、書物問屋の銀花堂での写本仕事や、金貸しを営むお園さんのところの帳簿整理などの仕事にもありつけ、藤士郎の人脈と世界はぐんと広がった。
 口入れ屋の店主は九坂家の恩人といえる存在。
 そんなお人から「すまねえが、ちょいと手を借りたい」と呼ばれれば、馳せ参じぬわけにはいかぬ。
 というわけで狐侍もとい亀侍はさっそく口入れ屋へと出向く。

  ◇

 おっとり刀で口入れ屋へと出向いてみれば、頼まれたのは用心棒仕事だったもので、藤士郎はいささか困惑する。
 たしかに「万が一があるかも」と帳簿に己の名を記しておいたが、よもや本当にお呼びがかかるとは思わなかった。

「あのぅ、引き受けるのはかまいませんけど、本当に私なんかでいいのですか?」

 念を押すと「むしろあんたぐらいがちょうどいいんだよ」と言われて、さらに眉根を寄せる藤士郎。
 口入れ屋の店主によれば、先方の強い要望にて、あまり武士然としていない、それでいて礼儀作法を守れる人がいいとのこと。
 腕に覚えあり、舐められたらしまいの用心棒稼業。
 作法の方はともかく、見た目があまり厳つくないとなると、これがなかなか……。
 店主は帳簿をめくりながら、「せっかくの大店からの仕事だ。今後のつき合いを考えたら、なんとしても誼を結びたいところ。とはいえ奇妙な条件だし、はてさて誰を紹介したものやら」と思案していたところで、目についたのが九坂藤士郎の名前であった。

「いちおう行くだけ行ってみてくれ。駄目なら駄目でまた別の人を考えるから」

 そう言われて送り出された藤士郎は、指示されたお店へと。


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