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其の百十三 招来、風雲雷鬼
しおりを挟むいくら毒玉を放っても、ひょいとかわされてしまう。
業を煮やした大百足は「ならば」とばかりに直立し、めいっぱい天へと向けて顎を突き出したところで、口からぶーっと勢いよく吐き出したのは毒の霧。
藤士郎を苦しめたあの攻撃だ。うっかり吸い込めば喉がやられ咳き込み、目に入れば鈍痛に襲われ視界が霞む。肌もちょっとひりひりする。
大百足は空を自在に飛ぶ銅鑼相手では、点での攻めでは埒が明かないがゆえに、範囲攻撃に切り替えた模様。
「気をつけて銅鑼、あれに巻き込まれたらやっかいだよ」
藤士郎から忠告を受けて銅鑼はすぐさま上昇を開始、毒霧の範囲から逃れる。
よりお月さまに近づいたところで見下ろせば、一帯が沼色をした霧に覆われていた。
先の毒霧よりも色味がいっそう濃い。きっとその分だけ毒性も高いのであろう。
やっかいなのはそれだけではなかった。濃霧に隠れて大百足がどこにいるのかわからない。
かとおもえば、やや高度を下げ霧に近づいたところで、いきなり飛び出してくる大百足。
こちらからはわからないが、向こうにはこっちの姿が見えているらしく、ひと呑みにせんと襲いかかってきたもので、慌てて避ける銅鑼。すぐさま反撃、前肢で薙ぎ払ってやろうとすれば、がちがちと牙を打ち鳴らしながらすぐに霧の中へと引っ込む大百足。
そればかりか、こちらが大百足の姿を見失ってきょろきょろ探しているうちに、そろりそろり。静かに霧下を移動しては、少し離れたところから毒玉にて狙い撃ってきたりもする。
射出される頃合いがわからないもので、こちらは毒玉が霧を突き抜けてきたところを視認してからかわすことになり、どうしても反応が遅れがち。そのせいでひやりとする場面もしばしば。後方などを心助が見張ることでどうにか対処しているといった次第。
「まいったね、地の利を心得ている。戦い方が巧みだよ。この毒の霧はあいつにとってはもっとも得意とする陣なんだ。これじゃあ、せっかく思いついた弓の使い道も試せやしないよ」
守りに堅く、攻め辛い霧を恨めし気ににらむ藤士郎。
そんな狐侍のぼやきに「ほぅ」と関心を示した銅鑼が「せっかく思いついたのなら、どんな妙案なのか言ってみろよ」と催促する。
心助も「おれも聞きたいです。教えてください」とのこと。そこで藤士郎は声をひそめて思いつきをこしょこしょ。
すると藤士郎が話し終えたところで「面白い!」と言ったのは銅鑼。
「よし、そういうことなら、このうっとうしい霧はおれがどうにかしてやろう。だからおまえたちはとっとと準備を整えな」
急に乗り気になった銅鑼。どうやら藤士郎が考えた策が気に入ったらしい。ここにきて積極的に手を貸してくれると言い出した。
むらっ気があって、食いしん坊で、気まぐれで、天邪鬼のへそ曲がりで、悪態ばかりつく唯我独尊、我が道を征く……。
銅鑼の正体はそんな伝説の大妖「窮奇」である。
それが「どうにかする」と言った以上は、きっとなんとかしてくれるはず。
だから藤士郎はその言葉を信じて、弓の準備を始めた。
◇
お月さまを背負う位置についた有翼の黒銀虎。
飛び回るのを止めたもので、そこを狙って放たれた大百足の毒玉。
けれども届くことはなかった。
「招来、風雲雷鬼」
銅鑼がぼそりとつぶやくなり、その頭上にていきなり黒雲が発生したとおもったら、たちまち渦を巻きもこりもこりと膨れ上がっては、あらわれたのは山ほどもある真っ黒な雲の大入道。
これこそが銅鑼の眷属である風雲雷鬼。
黒雲の入道が腕をぶぅんとひと振り。向かってきた毒玉をぺちりと邪険に打ち払い主人を守る。
古代の大陸の中原にて、悪名を轟かせた四凶が一角。その力の片鱗を前にして、あんぐりしている藤士郎と心助に「ぼさっとするな」と喝を入れてから、銅鑼は「おい、風雲雷鬼、あの霧をどうにかしろ」と命じる。
これにうなづいた大入道が胸をそらし、大きく息を吸い込むかのような仕草をとったとおもったら、前かがみとなって、ぶぅーっ。
とたんにびゅうびゅう吹き始めたのは冷たい突風。
夏の嵐のごとき勢いは凄まじく、森の木々を根っこから薙ぎ倒すほど。
そんな風を受けてたちまち薄れていく毒霧。中に潜んでいた大百足の姿もすぐにあらわとなる。奴は飛ばされまいと必死になって地面に這いつくばっていた。
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