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其の百九 大百足と狐侍
しおりを挟む藤士郎の周囲の闇が一段と濃くなった。
影が差す。巨体が月明かりを遮ったせいだ。
かま首をもたげた大百足、がばっと上から覆いかぶさるようにして、獲物と定めた狐侍に襲いかかってくる。
火の見櫓よりも大きい相手。まともに受けたら生身の人間なんぞはひとたまりもない。
藤士郎は素早く横っ飛びしつつ、上空にいる銅鑼の方をちらり。
いま銅鑼の背には二匹の猫又たちが乗っている。あれでは満足に動けまい。荷物を抱えた状態でうかつに地上に近寄るのは危うい。
「合流は無理そうだね、しようがない……。銅鑼っ! まずはその子たちをお願い」
言うなりきびすを返した藤士郎は、木立ちの奥へと向けて走り出した。しばし自分が囮となって大百足を引きつけ時間を稼ぐ。その間にまずは心助としらたまを安全なところへと逃がす算段。
銅鑼も心得たもの。「わかった。すぐに戻るからそれまでおっ死ぬんじゃねえぞ。あと大百足は人間の唾と小便が苦手だから、まぁ、うまいことやれ」と告げて、猫嶽の方へと向けて飛び立った。
◇
木々の間を縫うようにして駆ける藤士郎。
足下の根に注意をしながら、背後をちらり。
風で揺れる枝葉とは違う「がさがさ」という音、軽い地響きが続いてる。つねに一定の距離を保って大百足が追ってきている。ただし、先ほどまで猫又らを追いかけ回していた時のような強引さはない。木を薙ぎ倒すこともなければ、無理に距離を詰めようともしない。
「ちっ、ねちっこくて厭らしい感じだよ」
どうやら大百足は、銅鑼に頭部を粉砕されて冷静さを取り戻したらしい。
あからさまに狩りの方法が変わった。これではひたすら獲物をつけ狙っては、疲れて動けなくなるのを待ってから仕掛ける狼のようだ。
このままではじきに追い詰められる。
「だったらいっそのこと元気なうちに、こちらからひと当たりしてみるか? そういえば銅鑼が言ってたね。大百足は人間の唾と小便が苦手だって。とはいえ、ねえ」
こんな状況下では出るものもろくすっぽ出そうにない。
というかさっき済ませたばかり。尿意はさっぱりにて、この分では無理矢理に絞り出したところで、たかが知れているだろう。「こんなことなら厠に行くんじゃなかった」と悔やんでも後の祭の藤士郎。
もとい、たとえ量が十分であろうとも、のんびり用足しなんぞはさせてもらえないだろうが。
「ならば唾の方でしのぐしかないよね」
腰の小太刀・鳥丸を抜き、切っ先に向けてぺぺぺ。
とたんにどろりと穢れた刃。
「う~ん、これはこれで抵抗があるなぁ。ごめんよぉ、鳥丸。あとでちゃんときれいにしてあげるから堪忍しておくれ」
長年、己の命を預けてきた相棒に詫びながら、「もしもこれで効果がなかったら承知しないんだから」と藤士郎は進路を変える。
まずはひと当て。
そのために大百足の不意をつくべく、狐侍は最寄りの木の中でも一番太い幹を持つものの陰へと身を潜めた。
◇
ぞろり、ぞろり、ぞろり。
地を這い近寄って来るのは大百足。
彼岸花の色をした触覚をひくひくさせながら、追い求めるのは姿を消した獲物。
逃げるのを止めたので、いよいよ草臥れたのかと距離を詰めたものの、どこにも見当たらない。大百足は節々した足をかさこそ動かしながら、長い体をうねらせては、周辺を探る。
すると逞しい幹を持つ大木の根元、陰よりちらり、わずかにはみ出している着物の端があった。
頭隠して尻隠さず。「そこにいたのか」と云わんばかりに、ぎちぎち牙を打ち鳴らした大百足。とはいえいきなり頭から突っ込んで、木を倒してぺしゃんこにしてしまっては元も子もない。だから慎重に、そろりそろり。長い体を活かして木を囲み、逃げ道を塞いでからようやく「いただきます」とがぶりっ。
だがそのときになって大百足は「おや?」と首をかしげる。
待望の獲物。がぶりとしてみたものの、まるで物足りない。
それもそのはずだ。なぜならそこにあったのは血の通った肉の塊ではなくて、地面に刺した木の枝に掛けられた羽織のみであったのだから。
そのときのこと、不意に近くの地面でがさりと音がしたもので、大百足はそちらに顔を向ける。
音の正体は石。どこぞより飛んできたものが落ちたらしい。
てっきり隠れていた獲物かとおもいきやさにあらず。
大百足がいら立ちもあらわとなりかけたところで、今度ははらりはらりと数枚の葉が降ってくる。
空の着物と石の次は落ち葉……。
三度もはずれが続いたもので、さして興味を示さなかった大百足。すでに散々に焦れて獲物への執着心が肥大化しており、それで頭の中が埋め尽くされつつあったのである。
ゆえに気がつかなかった。
落ち葉に紛れて降ってくる狐侍の姿に。
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