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其の百四 異類婚姻譚
しおりを挟む心助を連れて、つき合いのある親分方へと挨拶回りに勤しんでいたところ。
ずっと口数少なく辛気臭い顔をしている息子の様子に、父の儀三郎は気がついていた。その原因がどうやら五右衛門が口にした嫁入り話にあるということも薄々察していた。だがあえて知らぬふりをして、余計な口は挟まない。
なぜなら、心助が想いを寄せている相手があの小田原宿のところの末娘だからだ。
会津は磐梯山を根城にしている儀三郎の一家と、五右衛門の一家、べつに表立っての確執があるわけじゃない。しかしどうにも昔からそりが合わない。
片や剛毅さを前面に押し出した、漢気を信条としている集団。
片や江戸にもほど近く、しゃなりと洗練された立ち居振る舞いを信条としている集団。
それは海と山、漁師と狩人、武士と貴族のようなもの。
同じ猫又とはいえ、そのあり方、考え方が根本よりちがっている。
人に相性があるように、猫又もまたしかり。
まるで合わない家風の者同士。いっときの勢いでくっついたとて、いずれ綻びが出る。うまくいかないのに決まっている。ましてや相手は、あの可憐なしらたまだ。慣れぬ水でまいってしまうのが目に見えている。
真に相手に惚れているのならば、みすみすそんな苦労を背負わせるべきではない。
またそれを押してまでいっしょになりたいというのならば、声をあげ周囲を納得させるは当の心助のやるべきこと。
親が我が子可愛さに助け船を出すのはちがう。
だから儀三郎は何も言わず。
息子の出方をうかがっていたのだが……。
◇
江戸は深川の置屋、和田屋に預けていたしらたまがひさしぶりの里帰りにての、宴へと出席。
末っ子を溺愛している家族。当主の五右衛門はここぞとばかりに、しらたまを連れて自慢がてらの挨拶回りに勤しむ。
しらたまを目の中に入れても痛くないほどに可愛がっている五右衛門。当然ながらすぐに愛娘の元気がないことには気がついていた。
でも、それは突然の嫁入り話に驚いてのことかと考えていた。
よもや儀三郎のところの倅にたぶらかされていようとは夢にも思わない。
このへんのことについては男親よりも女親なのである。父親は自分の娘の色恋沙汰に関しては、あまり考えたくないもの。なので無意識のうちに頭の隅へと追いやっているのだ。
言葉少なめにて、しゅんとうつむきがちなしらたま。唯々諾々と従ってはいるものの、どこか気もそぞろ。心ここにあらずといった風。
これを「ひょっとしたら九坂さまとの婚儀、人間のところに嫁ぐのを不安に考えているのやも」と解釈した五右衛門。
とはいえ古来より異類婚姻譚は珍しいことではない。
竜蛇に嫁いだ黒姫伝説。手柄を立てた犬の嫁になった姫君の話。馬と相思相愛となり結ばれるおしらさまの話。旱魃(かんばつ)に困った百姓が河童に娘を差し出すことで難を逃れた話。田螺長者に蛇女房、蛤、鶴、亀、魚、狐、狸、鼬、鼠などの動物から、はては雪女に木霊、山姥、鬼、蜘蛛どころか天女まで。
世間ではやたらと破綻した話ばかりが取り沙汰されているが、実際には幸せに添い遂げる者らがほとんど。産まれた子は傑物として育ち、それこそ歴史に名を残すこともしばしばなのを知らぬは、じつは人間ばかりなり。
そして五右衛門は直に狐侍を目にし、言葉を交わしたことで確信する。
「あぁ、この御方ならば何があっても、たとえ日の本中が敵に回ったとしても、きっとうちの娘を守ってくれるのに違いない」と。
伊達に小田原宿で親分として名を馳せてはいない。人を見る目には自信がある。
九坂家はあまり裕福ではないというが、そんなことは些末なこと。自分が援助をすればすむだけの話。あと下手に力を誇ったり武士然として偉ぶらないところもいい。聞けば屋敷の方には日頃から河童や猫又らが気軽に出入りしているというのも、都合がいい。
ばかりか藍染川を仕切っている河童の頭の得子さまとも懇意の間柄とか。
得子といえば利根川にその御方ありと知られた東女傑、河童の大親分である禰々子(ねねこ)さまの右腕とも目される姉御。
あげくの果てには、居候はあの伝説の大妖の窮奇(きゅうき)ときたもんだ。
金銭運やら出世運こそは乏しいが、腕はたしかにて強きをくじき弱きを助ける。人脈はいまいちだが、妙に妖に好かれる奇縁の持ち主。
おまけに住まいが江戸というのも何げに便利がいい。
考えれば考えるほどに、「あれ? これってものすごくお買い得なのでは」と思えてならない。
ようは五右衛門は九坂藤士郎という御仁がすっかり気に入ったのである。
だから、しらたまの相手として白羽の矢を立てた。
そりゃあはじめのうちは少しぐらいぎくしゃくするかもしれない。だが若いふたりのこと、それに藤士郎であればゆっくりとでも、しっかり愛娘との距離を縮めて受け入れてれるはず。そう考えたがゆえの嫁入りの申し出であったのだが……。
◇
親の心、子知らず。
子の心、親知らず。
儀三郎と五右衛門、心助としらたま。
すれ違いにより、発生したかけおち騒動。
消えた若いふたり。
これを知った猫又芸者衆らは「きゃあきゃあ」大興奮。
父親たちは、「おまえのところの娘がうちの息子をたぶらかした!」「いいや、おまえのところの馬鹿息子が、うちの娘をたぶらかしたんだ!」と罵り合いの取っ組み合い。
藤士郎はそんな親分らを止めようと間に入って、四苦八苦。
なのにでっぷり猫の銅鑼ときたら知らん顔にておやきをむしゃこら。
すっかり混乱する場。
そんな中にあって、猫大師さまがぽつりと言った。
「あらあら、ちゃんと門を通っていればいいんだけど。でないと、ちょっとたいへん」
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