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其の百二 二番手
しおりを挟む出雲組と入れ違いに舞台へとあがった猫又ら。
幻想的な琴の調べは終わり、かわりに始まったのが、「ちゃんかちゃんか、ちゃんかちゃんか、ちりとてちん」との陽気な音色。
あえて人化けはせず。猫のままの姿にて「にゃんにゃん」二足歩きにて、ぴんっとつま先立ち。
各々がお気に入りの手ぬぐいを頭にかぶり、「猫じゃ猫じゃ、よいよい」との掛け声にて陽気に歌い踊る。
振りつけは素朴ながらも、見ているとおもわずその輪に入って、いっしょに踊りたくなるような、そんな親しみやすさがある。猫の外見と仕草も相まって愛嬌がいい。眺めているだけで、自然と目尻が下がりほっこりした気持ちになれる。
先の華麗な出雲組のあと、難しいとされる二番手に登場したのは江戸の猫又たち。
顔見知りの登場。これはしっかり応援してやらねば……。
藤士郎は手にした杯をぐいとあおって飲み干し、己の内に熱と気合いを入れる。
けれどもそこで進行役が「お次は江戸の九坂組です」と紹介したもので、藤士郎は口に含んでいた酒をおもわず噴き出しそうになった。
「けほけほけほ」驚きむせる狐侍、その背を優しくさすりながら「どうぞ」と懐紙を差し出すちとせ。まるで悪戯を成功させたときの子どものような笑みを浮かべている。
ありがたく借りて濡れた口元を拭く藤士郎、じと目にて「ひょっとして、貴女は知っていたの?」
「はい、すみません。じつはあの子たちから相談を受けておりまして。あぁ、もちろん志乃さまからは、ちゃんとお許しを頂いておりますから。そうしたらせっかくだから当日まで秘密にして、九坂さまを驚かせましょうって、志乃さまが」
どうやらうちに出入りしている猫又たちが、感謝と敬意を表して、そう名乗っているらしい。でもって母上もぐるであったと。いったいいつの間に……。
なんぞと藤士郎が少し呆れて眉根を寄せていたら、「おっ」と声を発したのはちとせとは逆隣に居た銅鑼。ずっと山と盛られた草餅をたいらげるのに忙しくて、舞台なんぞには見向きもしなかったでっぷり猫が、盛り皿より顔をあげてそっちを見ているではないか。
だから藤士郎も釣られて目をやると舞台上には劇的な変化が生じていた。
◇
村祭りの踊りのような、素朴一辺倒であったそれはそのままに。
二手に分かれた九坂組。
うちの一方が踊りの輪の中央へと集まったかとおもえば、あれよあれよというまに肩を組み、身を寄せ合って、重ねて姿をあらわしたのは人身櫓ならぬ猫身櫓。
五段組みの立派な姿は、さながら五重の塔のよう。
するする天辺に登った一匹が「よっ、ほっ、はっ」と様々な姿勢を披露。
遠見、八艘、鯱、背亀、腹亀、肝つぶし……。
新年の出初式に行われる江戸火消しのはしご乗りさながらの技の数々。
姿勢がびしっと決まるたびに、観客からはやんやの喝采。
そうして十ばかり技を決めたところで、ふいに猫身櫓がぐらりとして、崩れてしまったもので、客席は一転して「うわっ」「きゃーっ」と驚きと悲鳴に包まれる。
が、心配ご無用。
これもまた九坂組の演出であったのだ。すべては計算づくにて、きちんと練習をされた上での櫓の崩壊。
そして崩れたあとに続けて姿をあらわしたのは、猫たちで組まれた五条大橋にて、その上にて対峙するのはふたりの人物。
ひらりと欄干に笛を手に舞い降りたのは、美童な牛若丸に扮した猫又。
橋の上にて薙刀片手に仁王立ち、「あいや、待たれい! その腰のものを置いていけ」と吠えたのは巨漢の武蔵坊弁慶に扮した猫又。
かくして芝居仕立てにて始まったのは義経、弁慶の出会いの場面。
周囲を「にゃんにゃん」踊る猫又たちと、その輪の中で丁々発止を繰り広げる武辺者ら。
一見すると「あれ、これって踊りじゃなくて芝居だよね?」と小首を傾げそうになるものの、よくよく見てみれば、義経と弁慶の動きは踊りを基礎としたものにて、台詞も小唄のよう。通常の芝居とは明らかに異なっている。あくまでこれは踊りの延長なのだ。
これまでにはなかった新しい試みに、すっかり魅了される聴衆たち。
演目終わりには万雷の拍手が舞台へと降り注ぐ。
かくして九坂組は見事に難しい二番手の役目を成し遂げた。
「毎晩道場に集まっては、明け方までやたらと熱心に稽古をしているとおもったら、こんなことをたくらんでいたんだね。いやはや、まいった。たいしたもんだよ」
すっかり感心した藤士郎もまた、惜しみない賛辞と拍手を送る。
だというのに銅鑼ときたら「けけけ、連中、色物に走りやがったか」とか意地悪を言う。しかしその尾っぽがゆらゆら愉しげに揺れていた。まったく素直じゃないんだから。
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