狐侍こんこんちき

月芝

文字の大きさ
上 下
102 / 483

其の百二 二番手

しおりを挟む
 
 出雲組と入れ違いに舞台へとあがった猫又ら。
 幻想的な琴の調べは終わり、かわりに始まったのが、「ちゃんかちゃんか、ちゃんかちゃんか、ちりとてちん」との陽気な音色。
 あえて人化けはせず。猫のままの姿にて「にゃんにゃん」二足歩きにて、ぴんっとつま先立ち。
 各々がお気に入りの手ぬぐいを頭にかぶり、「猫じゃ猫じゃ、よいよい」との掛け声にて陽気に歌い踊る。
 振りつけは素朴ながらも、見ているとおもわずその輪に入って、いっしょに踊りたくなるような、そんな親しみやすさがある。猫の外見と仕草も相まって愛嬌がいい。眺めているだけで、自然と目尻が下がりほっこりした気持ちになれる。

 先の華麗な出雲組のあと、難しいとされる二番手に登場したのは江戸の猫又たち。
 顔見知りの登場。これはしっかり応援してやらねば……。
 藤士郎は手にした杯をぐいとあおって飲み干し、己の内に熱と気合いを入れる。
 けれどもそこで進行役が「お次は江戸の九坂組です」と紹介したもので、藤士郎は口に含んでいた酒をおもわず噴き出しそうになった。

「けほけほけほ」驚きむせる狐侍、その背を優しくさすりながら「どうぞ」と懐紙を差し出すちとせ。まるで悪戯を成功させたときの子どものような笑みを浮かべている。
 ありがたく借りて濡れた口元を拭く藤士郎、じと目にて「ひょっとして、貴女は知っていたの?」

「はい、すみません。じつはあの子たちから相談を受けておりまして。あぁ、もちろん志乃さまからは、ちゃんとお許しを頂いておりますから。そうしたらせっかくだから当日まで秘密にして、九坂さまを驚かせましょうって、志乃さまが」

 どうやらうちに出入りしている猫又たちが、感謝と敬意を表して、そう名乗っているらしい。でもって母上もぐるであったと。いったいいつの間に……。
 なんぞと藤士郎が少し呆れて眉根を寄せていたら、「おっ」と声を発したのはちとせとは逆隣に居た銅鑼。ずっと山と盛られた草餅をたいらげるのに忙しくて、舞台なんぞには見向きもしなかったでっぷり猫が、盛り皿より顔をあげてそっちを見ているではないか。
 だから藤士郎も釣られて目をやると舞台上には劇的な変化が生じていた。

  ◇

 村祭りの踊りのような、素朴一辺倒であったそれはそのままに。
 二手に分かれた九坂組。
 うちの一方が踊りの輪の中央へと集まったかとおもえば、あれよあれよというまに肩を組み、身を寄せ合って、重ねて姿をあらわしたのは人身櫓ならぬ猫身櫓。
 五段組みの立派な姿は、さながら五重の塔のよう。
 するする天辺に登った一匹が「よっ、ほっ、はっ」と様々な姿勢を披露。
 遠見、八艘、鯱、背亀、腹亀、肝つぶし……。
 新年の出初式に行われる江戸火消しのはしご乗りさながらの技の数々。
 姿勢がびしっと決まるたびに、観客からはやんやの喝采。

 そうして十ばかり技を決めたところで、ふいに猫身櫓がぐらりとして、崩れてしまったもので、客席は一転して「うわっ」「きゃーっ」と驚きと悲鳴に包まれる。
 が、心配ご無用。
 これもまた九坂組の演出であったのだ。すべては計算づくにて、きちんと練習をされた上での櫓の崩壊。
 そして崩れたあとに続けて姿をあらわしたのは、猫たちで組まれた五条大橋にて、その上にて対峙するのはふたりの人物。

 ひらりと欄干に笛を手に舞い降りたのは、美童な牛若丸に扮した猫又。
 橋の上にて薙刀片手に仁王立ち、「あいや、待たれい! その腰のものを置いていけ」と吠えたのは巨漢の武蔵坊弁慶に扮した猫又。
 かくして芝居仕立てにて始まったのは義経、弁慶の出会いの場面。

 周囲を「にゃんにゃん」踊る猫又たちと、その輪の中で丁々発止を繰り広げる武辺者ら。
 一見すると「あれ、これって踊りじゃなくて芝居だよね?」と小首を傾げそうになるものの、よくよく見てみれば、義経と弁慶の動きは踊りを基礎としたものにて、台詞も小唄のよう。通常の芝居とは明らかに異なっている。あくまでこれは踊りの延長なのだ。
 これまでにはなかった新しい試みに、すっかり魅了される聴衆たち。
 演目終わりには万雷の拍手が舞台へと降り注ぐ。
 かくして九坂組は見事に難しい二番手の役目を成し遂げた。

「毎晩道場に集まっては、明け方までやたらと熱心に稽古をしているとおもったら、こんなことをたくらんでいたんだね。いやはや、まいった。たいしたもんだよ」

 すっかり感心した藤士郎もまた、惜しみない賛辞と拍手を送る。
 だというのに銅鑼ときたら「けけけ、連中、色物に走りやがったか」とか意地悪を言う。しかしその尾っぽがゆらゆら愉しげに揺れていた。まったく素直じゃないんだから。


しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

ふたりの旅路

三矢由巳
歴史・時代
第三章開始しました。以下は第一章のあらすじです。 志緒(しお)のいいなずけ駒井幸之助は文武両道に秀でた明るく心優しい青年だった。祝言を三カ月後に控え幸之助が急死した。幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされた志緒と駒井家の人々。一周忌の後、家の存続のため駒井家は遠縁の山中家から源治郎を養子に迎えることに。志緒は源治郎と幸之助の妹佐江が結婚すると思っていたが、駒井家の人々は志緒に嫁に来て欲しいと言う。 無口で何を考えているかわからない源治郎との結婚に不安を感じる志緒。果たしてふたりの運命は……。

野槌は村を包囲する

川獺右端
歴史・時代
朱矢の村外れ、地蔵堂の向こうの野原に、妖怪野槌が大量発生した。 村人が何人も食われ、庄屋は村一番の怠け者の吉四六を城下へ送り、妖怪退治のお侍様方に退治に来て貰うように要請するのだが。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

御様御用、白雪

月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。 首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。 人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。 それは剣の道にあらず。 剣術にあらず。 しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。 まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。 脈々と受け継がれた狂気の血と技。 その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、 ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。 斬って、斬って、斬って。 ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。 幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。 そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。 あったのは斬る者と斬られる者。 ただそれだけ。

剣客居酒屋 草間の陰

松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

散らない桜

戸影絵麻
歴史・時代
 終戦直後。三流新聞社の記者、春野うずらのもとにもちこまれたのは、特攻兵の遺した奇妙な手記だった。

処理中です...