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其の百一 演舞
しおりを挟むどんっと太鼓の音が鳴ったとたんに、それまで開いていた口をぴたりと閉じた猫又たち。みなの視線が中央の舞台へと向けられる。ようやく準備が整ったようで、いよいよ今宵の宴の目玉、演舞が始まる。
じゃらんとかき鳴らされた調べは琴のもの。
静かな旋律からの立ち上がり。その調子がじょじょに高まっていく。
さながら小川がやがて大きな流れへとなるかのように、一度に奏でられる音の密度がぐっと濃くなり、それにともなって演奏も熱を帯びていく。内なる熱情が解き放たれていく。
その音の流れが突如として、斬っと断ち切られ、生まれる間。
一瞬の静寂ののち、溢れ出したのは音の洪水。
合奏だ。独奏からいきなり十二人の演者による一糸乱れる調べへと変貌を遂げる。激しい。そのさまは、戦場にて一気呵成に攻める騎馬軍団のよう。
しかしここは演舞の場。
騎馬武者のかわりにすすすと姿を見せたのは、ひらりひらりとした長い両袖の衣装を来た一団。まるで奉納額に描かれた天女のごとき格好の者ら。それらが優雅に袖を振りながら、輪になって軽やかに舞い踊る。
とたんに舞台上に巨大な一輪の花が艶やかに咲き誇り、客席からはやんやの拍手喝采。
◇
幻想的な踊りを前にして、我が身に降りかかった色恋のやっかいごとなんぞどこへやら。
たちまち釘付けとなった藤士郎が「ほぅ」と見惚れていると、隣に座るちとせがこそっと耳打ち。
「見事なものでしょう。あれは出雲の猫又たちです」
出雲は年に一度、日の本中の神々が集う地。それゆえに古くから奉納舞も盛んにて、伝統と格式の中で培われた技術は卓越しており、他の追随を許さない。
出雲組の猫又たちは、過去に前人未踏の二十連覇という偉業を成し遂げており、殿堂入りを果たす。
今回は饗応役らの求めに応じて馳せ参じ、一番手にて宴をおおいに盛り上げようとの所存なのであろう。だがしかし……。
「なるほど。だから始まりがもたついていたのですね。そりゃあ揉めもしますか」
ふむふむ独りごちるちとせ。
藤士郎が片眉をあげると、にこりと猫又芸者。
「いえね、だってあの見事な舞いのあとなんて、たまったものじゃありませんよ。これは饗応役の仕込みが裏目に出ちゃったかも」
ちとせの読み通りならば揉めていた原因は、きっと踊る順番。
おそらく出雲組の登場は、客のみならず参加者らにも伏せられていたのだ。
それが宴が始まる直前に発覚したがゆえの、あのごたごた。
二番手は否が応にも先の出雲組と比べられる。
藤士郎の素人目にもわかる、あの踊りの完成度の高さよ。
盛り上がるどころか、よくて笑いもの、実力の落差次第では最悪、客らが興醒めのどっちらけ。宴そのものが大荒れになりかねない。
「たしかにこれは……。でも他にも優れた組がいるんじゃないの? 都の子たちとか」
藤士郎は以前に生駒たちが言っていたことを思い出し、そう口にする。
江戸の芸者の半分ぐらいは猫又で占められており、あと三味線や小唄の師匠らもだいたい同じ割合なんだとか。そして京の芸妓の大半は狐で、大坂の方は狸が多いそう。
それすなわち裏を返せば、江戸ほどではないが上方にも猫又らがそれなりに幅を利かせているということ。
でもって京の都といえば千年王都だ。
徳川の世、武家社会になるまでは、日の本の中心であり文化流行の発信地。
その雅さ、煌びやかさは、いまなお色褪せない。
帝のお膝元にいる猫又たちならば、きっと出雲組に対抗できるのでは?
そう藤士郎は考えての思いつきであったのだが、これにちとせは手をひらひらさせて「あー、だめだめ。連中、やたらと気位が高いから。本当にやんなっちゃう」
いまだに都に向かうことを「のぼる」、江戸に向かうことを「くだる」と言っている都の者ら。彼らからすると江戸の者らは、ぽっと出の成り上がり者にすぎないらしい。
都の猫又たちも、良きにつけ悪しきにつけその地の色に染まっている。ゆえに「自信がないわけじゃないけど、万が一もある。恥をかくのなんてまっぴらごめん」という次第。
いやはや、妖のくせしてなんとも人間臭い話である。
藤士郎が「難儀だねえ」と呆れていると、ちとせは「ほほほ、なにせ長いこと人間たちに混じって町で暮らしているものですから」ところころ笑った。
それを横目にふたたび舞台へと顔を向けた藤士郎。
さて、では問題の二番手、貧乏くじを引いたのはいったいどこなのか。
見守っていると、姿をあらわしたのはなにやら見覚えのある面々。九坂家の道場を借りて夜な夜な練習していた猫又たちである。
顔見知りの登場に、藤士郎は「あちゃあ、よりにもよって。大丈夫なのかしらん」とはらはら。
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