狐侍こんこんちき

月芝

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其の百 お邪魔虫

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 今宵の宴は、各地の猫又たちが自慢の踊りを披露するための席。
 年に六度設けらえている場。ふた月に一度とは、ちと多いような気もするが、猫又たちは江戸の民草以上にお祭り好きらしく、なんなら毎月ごとでもという話もあるそうな。人に化けて町に暮らし、稼いだ分の大半をこれに注ぎ込んでいるというのだから、筋金入りであろう。
 中央の舞台の周辺で忙しなく動いている猫又たちは、饗応役の者ら。
 せっせと準備が整えられているが、多少ごたついている模様。なにか突発的な問題が発生したらしい。この調子では始まるまでにはまだ少しかかりそう。
 その待ち時間中……。

「ささ、九坂さま、まずは一献どうぞ」

 隣に座った接待役の菊屋のちとせより勧められるまま、杯を頂戴する藤士郎。とはいえあまり酒は得意な方ではないので、背を丸めてちびりちびり舐めるように。
 その仕草がまるで猫のようだと「ふふふ」
 着物の袖で口元を隠しながら艶やかに笑うちとせ。流し目をちらりと向けられ、藤士郎は思わず頬が火照るのを抑えられない。なにせちとせは花の菖蒲に例えられるほどの芸者。日頃は、はきはきしている生駒や梅千代らより一歩下がっている印象がある彼女ではあるが、こうやって間近に接すると、やはり存在感が段違い。
 昼と夜、妖と人、男と女、酸いも甘いもかみ分けた、その道の達人。
 その気になれば女人とは縁が薄い初心な若侍なんぞは、軽くひとひねり。手のひらでころころ転がされることであろう。

 そんな己の心中を誤魔化すようにして、「あっ、そういえば」と藤士郎が話題にしたのは先の一件のこと。
 とはいえ、小田原宿の親分である五右衛門から申し出のあった嫁入り話ではなくて、心助としらたまについて。

「おや、九坂さまもお気づきでしたか」
「ははは、そりゃあねえ。あれだけ露骨に表情が変われば、誰だって気づくだろうさ」

 藤士郎は頬をぽりぽり指でかく。
 ちとせによれば、あのふたり……。
 歳が近く、江戸に出てきた時期もほぼ同じということもあり、世話になっている置屋は違うものの、何かと顔を合わせる機会も多く、自然と距離を縮めていったんだとか。
 似たような境遇の者同士が、慣れぬ環境下で親しくなる。
 まぁ、ありがちといえばありがちな話であろう。
 だが互いを異性としてはっきりと意識したのは、ふたりがそろって加賀藩邸に囚われた時から。
 窮地に陥ったとき、つねに励まし、身を呈して自分を庇ってくれた男に女がほの字になる。
 これもまたありがちな芝居の筋である。
 とはいえ、まだまだ猫又としては半人前のご両人。
 だから周囲には内緒でひっそりこっそり、健全な逢瀬を重ねていたそうなのだが、周囲にいる面々は、みなその道の名人達人揃い。若いふたりの気持ちなんぞはとっくにお見通し。
 先々のことはわからない。だが修行中の身だからと仲を割くのも野暮というもの。
 だからふたりが必死に隠している姿を、くすくす生温かい目で見守っていたのだが……。

 ここでいったん言葉を切ったちとせが「はぁ」と嘆息。「まさか五右衛門の親分さんが、あんなことを言い出すなんて」

 いきなり狐侍に「うちの娘を嫁に貰っちゃくれねえかい?」と言い出した五右衛門。
 藤士郎はびっくり仰天! 当のしらたまにとっては青天の霹靂である。しかもよりにもよってそれを想い人である心助の目の前でやられてしまったもので、踏んだり蹴ったりであろう。
 あの時の心助の表情の暗さときたら……、まさに絶望のどん底に叩き落とされたかのようであった。

「もちろん、私は受けるつもりはないよ。自分で言うのもなんだけど、うちはおんぼろ貧乏道場だし、私も無役の甲斐性なしだからね。自分と大喰らいの居候の世話だけで手一杯だよ。というか、これじゃあ私が完全にお邪魔虫の悪者じゃないか。他人さまの恋路をじゃまなんてしたら、それこそ馬に蹴られて死んじまう」

 頭を抱える藤士郎。
 だからきっぱりこの話は断わるつもりだと表明するも、ここで自分の杯の中身をくいと飲み干したちとせが「ほぅ」と色っぽい吐息まじりに「そう、簡単にことがすめばいいのですが」と気になる物言い。

 なにせ言い出しっぺは名の知れた小田原宿の大親分である五右衛門である。
 それが仮にも猫大師さまや同じ会津は磐梯山の大親分である儀三郎の前で吐いた言葉を、あっさり翻すとはとてもとても。
 考えなしに下手に突っぱねたら逆に意地になり、「男に二言はない!」とかより頑なになりそう。だから穏便に済ますのならば、よほど巧くやらないと。
 ちとせより諭されて、藤士郎は「そんなぁ~」


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