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其の九十 門番
しおりを挟むずしん……、ずしん……、ずしん……。
変わり仁王像らが歩くたびに地響きがして、藤士郎の視界が揺れる。
二体の動きこそは緩慢だが、巨体ゆえに一歩が大きい。あっという間に距離を詰められた。
ほんのひとまたぎにて近寄ってきたところで、おもむろに上げた足を振り降ろしたのは阿形像。ひといきにこちらを踏み潰そうとする。
迫る足の裏。あわてて散開した狐侍とでっぷり猫。寸でのところでこれをかわす。
阿形像はそのまま逃げる猫を追う。
一方で藤士郎の前には吽形像が立ちはだかった。こちらは前かがみとなって、腕をのばしてくる。地表を薙ぐようにして迫る大きな手。まるで壁が押し寄せてくるかのよう。
その手をかい潜って前へと突出した狐侍。いささか失礼かとおもいつつも、股の下を駆け抜けざまに、腰の小太刀を抜く。
ぎぃいぃぃぃぃん。
奔らせた刃が鈍い音を立て、柄を握る手には若干のしびれ。
仁王像は檜材の寄木造。藤士郎はかかとのあたりを狙ったのだが、表面にわずかな傷をつけたのみ。
「っく、固い。腰を据えて全力で抜刀すれば、もう少し深くいけるかもしれないけど……」
両断するのはとても無理。繰り返し同じ箇所に斬撃を加えればあるいは……。でもそれをすると、たぶん愛刀が使い物にならなくなる。
大人と子どもどころか、巨人と小人。しかも相手の身体は固い檜でできており、血も通っていないから、急所を一撃ともいかず。
さしもの何でもありの伯天流でも、こんな相手は想定外。
「まいったね、こりゃあ」
吽形像よりちょろちょろ逃げながら、考えるもいっかな妙案が浮かんでこない。というか走り通しにて、いい加減に息も乱れてきた。
そのせいでやや注意力が散漫となっていたのであろう。
逃げた先にて、阿形像を相手にしていたでっぷり猫とうっかり鉢合わせ!
「げっ、銅鑼!」
「わっ、邪魔だどけ、藤士郎!」
お見合いとなって、ぶつかる寸前にどうにか立ち止まり、衝突こそは避けれたものの、気づけば前後を二体の変わり仁王像に挟まれる格好になっていた。
ずんずん、ずんずん、猛然と突っ込んでくる巨体。
藤士郎はあわてて銅鑼を抱えるなり、脇へと飛び退る。
直後に、ごっちん!
盛大に額同士をぶつけたのは変わり仁王像たち。
たまらず引っくり返って尻もちをついた。
倒れた巨体により砂塵が舞い、轟と風が吹く。
からくも窮地を脱した狐侍たちであったが、起こった突風により背を押されて転がされ、土埃まみれとされた。
「ぺっ、ぺっ、ぺっ」
「うぅ、口の中がじゃりじゃりしやがる」
砂混じりの唾を吐いては、悪態をつく藤士郎と銅鑼。
しかしその言葉や態度とは裏腹に、表情には不敵な笑みが浮かんでいる。
起死回生の一手を思うついたもので。藤士郎と銅鑼はそろって、にやり。
◇
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」
「おらおら、どうした? おれはこっちだぞ」
わざと手を鳴らしたり、野次を飛ばしては相手を挑発する。
ふたたび仁王像と向き合った狐侍とでっぷり猫。
ただし先ほどまでのように、ただ逃げているのではない。
ある地点へと誘導するようにして動いている。
どうやら変わり仁王像たちは、あまり賢くないらしい。
たしかにその巨体は脅威ではあるが、二体がこちらを追いかけてくる様は、まるで子どもが蝶々を追いかけるかのよう。拙い動き。また互いに連携がとれているわけでもなく、個々が勝手に動いている。
そこに勝機を見出した藤士郎たち。
右へ左へ、変わり仁王像らを振り回し翻弄し、頃合いを見計らって藤士郎が背にしたのは、こんにゃく御殿の固く閉ざされた大門扉。
人の力ではびくともしないそいつを、どうせごちんと倒してしまうのならば、ついでに開けてもらおうとの、一石二鳥の策。
門の扉にへばりついた藤士郎。吽形像をぎりぎりまで引きつけたところで、さっと身をかわす。
小回りの利かない吽形像は対応しきれず。そのまま頭から扉へと突っ込んだ。
大門が震え、みしりと軋む音が鳴る。扉の表面に亀裂が走り、奥へとへこんでわずかな隙間が生じた。
そこへ続けて銅鑼に誘導された阿形像がやってきた。もたもた立ち上がろうとしていた吽形像の背を押すかのようにして、倒れ込む。
びきりとさらに大きな音がして、隙間が広がった。
が、それでも門扉を開けるまでにはいたらず。よほど頑丈な心張り棒にてつっかえているらしい。
けれどもこれで十分であった。
なぜなら藤士郎たちならば余裕で通り抜けられるもの。
もつれあう変わり仁王像たちを尻目に、狐侍とでっぷり猫はするりと門の奥へと身を滑りこませる。
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