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其の八十九 こんにゃく
しおりを挟む緩やかな川辺を上流に向けて進んでいると、もうもうと湯気の立つ浅瀬をみつけた。
「えっ、まさか?」
駆け寄り、恐るおそる水に手をつければほどよい温もり。川から流れ込む水にて、いい塩梅になっている。なので藤士郎と銅鑼は、さっそく「ひゃっほう」ざぶんと飛び込んだ。
深さこそないが、広さは十分。
藤士郎はひょろりとした長身痩躯。ゆえにせっかく湯屋にいっても、いつも他の客らに気を遣いながら縮こまっていなければならない。
めったにない機会、これさいわいと存分に手足をのばす。
そんな狐侍の横では、でっぷり猫も肩までどっぷり浸かり目を細めては「うぃー」と命の洗濯中。銅鑼は冷たい水は苦手だが、温かいお風呂は嫌じゃない。
◇
たっぷり半刻ほど、存分に湯を堪能。
芯から温まり、気力と体力を取り戻した狐侍とでっぷり猫。
岩場に干していた着物もすっかり乾いており、これをまといて心機一転、いざ参る。
目指すは、さらなる上流。
木立ちの隙間から見える先が小山になっており、その上には屋敷の姿がある。
おそらく彦太郎はあそこにいる。
おっちら登った先にあった屋敷は高い壁に囲まれていた。
しかしその壁の色味がとってもへんてこ!
よくある土壁や白塗りの物とはちがい、灰色に黒い粒々がまじったような柄。
「はて、どこかでみたことがあるような、ないような」
と首を傾げる藤士郎。
そうしたら銅鑼が「この前、志乃殿がこしらえてくれた、こんにゃくの味噌田楽、あれはうまかったなぁ」と舌舐めずりしたもので、藤士郎もぽんと手を打ち「あぁ」と納得。
そう、この壁はこんにゃくそっくりなのである。
だから試しに手で触れてみると、感触までぷにょんとしており、こんにゃくのそれであったもので、これには藤士郎も銅鑼もびっくり!
「阿波屋の彦太郎さんは、こんにゃくが苦手なのかなぁ」
「いや、逆じゃねえか。この妙ちきりんな壁の向こうに籠っているとすれば、むしろ好物なのだろう」
嫌いな物に囲まれたいとは、誰も思わない。
言われてみればたしかにその通りにて、「なるほど」と藤士郎もうなづく。
壁沿いに歩いていくと、やがて見えてきた入り口。
門の厚みは加賀藩の江戸藩邸ほどもあり、知念寺の山門よりかはよほど立派で、芝増上寺にはちと及ばない。門の両脇では仁王像がにらみを利かしている。
扉は固く閉ざされており、人ひとりの力ではびくともせず。
どんどん叩いて、「彦太郎さん、いますか?」と中に声をかけてみるも返事はなし。
壁は高く、表面がつるつるしており越えるのは難しそう。
小太刀でほじくれば簡単に穴を開けれそうだけれども、根が貧乏性なもので食べ物を粗末にするのは気が引ける。
かといって「味のないこんにゃくなんぞ、喰えるか」と銅鑼。
たしかにそれは藤士郎もちょっと遠慮したいかも。
などというやりとりを狐侍とでっぷり猫が門前でしていたら、ふと何者かの視線を感じた藤士郎。はっと振り返り周囲を探るも、怪しい人影はなし。
「だが、いまも見られているよね。でもどこから……」
腰に差した小太刀の柄に手をかけつつ、用心する藤士郎。気配を辿るうちに、行きついたのは山門の両脇に立つ仁王像のところ。
逆光となっておりわからなかったが、よくよく見てみれば容姿がおかしい。
筋骨隆々なのは、寺社でお馴染みの二体一対となっている金剛力士像と同じ。だが首から上がちがう。
向かって右の阿形像の頭部が貫禄のある商人風の男。左の吽形像がやや儚げなどこぞの女房のにすげかわっている。
その二体の変わり仁王像らが、自分たちの足下にいるこちらをじっと見ていた。
ひょっとしたら気のせいかもと、藤士郎がそろりそろりと横に動いてみれば、変わり仁王像らの首もそれを追うように動き、大きな目玉がぎょろり。
藤士郎の様子から、銅鑼も状況を察して「げっ」
とりあえず距離をとろうと、刺激しないようにゆっくり後退る藤士郎たち。
だが願いも虚しく、仁王像らがのぞりと山門内から踏み出してきた。
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