狐侍こんこんちき

月芝

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其の七十九 度し難きは……

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 投げつけられた鎖分銅により、身動きを封じられた藤士郎。
 向かってくる矢。棒立ちであれば餌食となるばかり。迷っている猶予はない。
 狐侍はあっさり小太刀を手放す。
 これにより鎖分銅を放った五人目の襲撃者は「あっ!」
 ぐいぐい引っ張っていたところを、いきなり拮抗が崩れたもので、両腕をあげて上体がうしろに大きくのけぞることになる。
 がら空きとなった胸元。
 そこにどんっとぶつかったのは石。藤士郎が蹴り飛ばしたもの。大きさは拳程度であるが、思い切り振り抜いた足から放たれたそれがまともに当たったもので、五人目の襲撃者はたまらずよろめく。
 すかさず藤士郎はいっきに駆け寄り接敵。

 させじと矢が放たれるも、それは藤士郎の頭上を抜けていく。藤士郎が勢いのままに足から滑り込んだことにより、身ががくんと低く下がったからだ。
 足から五人目の襲撃者へと突っ込んだ狐侍。ずざざざと砂煙をあげながらの滑走。驚き迎え撃とうと鎌をかまえた相手の足下をすくい、その身を盛大に跳ね飛ばす。
 思わぬ攻撃を受けて対処できず。転がり顔から地面にぶつかった五人目の襲撃者は、鼻血を流したばかりか前歯も折れて「ぐぉおぉ」と苦悶する。
 藤士郎はその後頭部に手刀を落として黙らせる。

「ようやく、ふたりめ」

 鎖に囚われていた愛刀の小太刀・鳥丸を無事に救出したところで、新たな矢が襲来!
 だが藤士郎は今度はかわさない。かわりに落ちていた鎖分銅の端を掴んでは、宙へと放って暴れさせる。
 じゃらじゃらと蛇のようにうねる鎖。前面に展開された鎖の盾が鏃(やじり)にぶつかり、矢をはじく。なまじ射手の腕が優れていることが仇となった。狙いが正確であるがゆえに、進路を読みやすい。よって一対一で正面から対峙すれば見切ることは可能。
 これに焦ったのが、射手。
 早急に次の矢をつがえようとするも、手元にばかり気をとられているうちに、いつの間にか視界から狐侍の姿が忽然と消えていた。
 このままではまずいと、射手はすぐに居場所を変えるべく動こうとする。
 しかし少しばかり遅かった。すでに間近にまで狐侍が忍び寄っていたのである。

「これで、さんにんめ」

  ◇

 どうにか外の連中をやっつけた藤士郎、急ぎあばら家へと駆け戻るも、すでに賊の姿はなし。荒らされた室内に残るのは、腹部を刺されて虫の息となっている伊之助ばかりであった。

「伊之助さん、しっかりして」

 藤士郎は励ましの言葉をかけるも、すぐに表情が曇る。
 腹部の刺し傷が背中にまで貫通している。それだけでは飽き足らず、差し込んだ刃をそのまま切り下げるという、えげつないやり口。これでは腹の中はずたずたであろう。
 いまも前後の傷口から滔々と血が溢れており、当てた手ぬぐいがあっという間に朱に染まりべとべとになってしまう。これはもう助からない。
 だというのに伊之助は笑っていた。

「わ、悪いね、だんな。こっちの事情に巻き込んじ……まった。だがこれも何かの縁だとおもって、後生だから、ひとつ頼まれてやっちゃあくれないかい……、ごほ、ごほっ」

 瀕死にて吐血しながらも、血濡れた指先で伊之助が指差したのは、自分が作業台として使っていた幅広の床几。
 襲われたさいに蹴り飛ばされて、部屋の隅に転がるそれ。
 だがその床几にはちょっとしたからくりがあった。
 天板の裏側には、表からではわからないように隠し棚がついており、そこにあったのは賊に奪われたはずの木版。
 いずれ口封じされることを見越していた伊之助、明かりが消えたどさくさに大事な木版を床几の隠し棚へと突っ込んで守っていたのである。
 あの暗がりの中、襲撃者たちが手に入れたのは万が一のためにと用意されてあった贋物。

「こ……、こいつを頼む。あと裏にある木の根元を……。そこ……に……。あぁ、とよ、とよ」

 ごぼりと喉が厭な音を立て、どろりと血の塊が口元より零れ落ちる。
 惚れた女の名を呼んだ伊之助。その身が一瞬びくりと痙攣したのちに、すっと全身から力が抜け、ひゅっとひと呼吸。道を誤った若き職人は、目を見開いたまま逝った。
 その瞼をそっと閉じてやり、藤士郎は預けられた木版を手にあばら家を出る。
 すると家の前に縛って転がしておいたはずの襲撃者のひとりの姿が見当たらない。どうやら逃げたらしい。この分では鎖鎌の遣い手や射手も、とっくに助け出されていることであろう。
 まぁ、連中の狙いははなから伊之助の命と彼が彫っていた木版だから、むきになっておまけの狐侍との死合に応じる必要はないわけで……。

  ◇

 武蔵野での夜から十日ばかり経った頃。
 売り出されたよみうりが、幽霊星騒動に終止符を打つ。それにともなって米粉の相場ももとに戻り、江戸に団子が帰ってきた。
 伊之助の遺作は大反響を呼び、売れに売れた。
 なおそいつを刷るのにかかった金子は、伊之助が家の裏の木の根元に埋めていた分で賄った。もろもろの段取りは、方々に伝手を持つ銀花堂の若だんなに事情を説明して手伝ってもらった。

 意図的にばら撒かれた噂に踊らされていたと知った江戸の民は、すっかりお冠、かんかんに怒ったのなんのって。
 それを受けて、奉行所も今後は悪質な瓦版屋の取り締まりをいっそう強める方針だと、定廻り同心の近藤左馬之助より聞いた。
 もっともしぶとい連中のことだから、しばらくは雲隠れをしてほとぼりが冷めたならば、またぞろひょっこり舞い戻って来るであろうとのこと。

 自宅の縁側にて、おみつの茶屋で買ってきた団子を銅鑼と並んで食べる藤士郎。
 ひさしぶりにお気に入りの甘味にありつけ、でっぷり猫はたいそうご満悦の様子にて、尻尾をゆらゆら。
 だが藤士郎は団子を頬張りつつも、ちょいと眉根を寄せての思案顔。
 三枚目にして締めとなった幽霊星のよみうりを眺めつつ、藤士郎は「う~ん、どうしてもわからないんだよねえ」とぼそり。

 わからないのは、身重のとやが、どうして気狂いとなって亡くなったのかということ。
 確かに追い詰められてはいた。だからとて「幽霊星を見た」と言って、お堀に飛び込む意味がわからない。
 そうしたら銅鑼が「へん、そんなこともわからねえのか、この唐変木」なんぞと意地悪を言う。

「だったら銅鑼にはわかるのかい?」
「あぁ、簡単なこった。とやは本当にぎりぎりのいっぱいいっぱいだったんだろうよ。そうでなくても腹に子を宿している時ってのは、ぴりぴりするもんだ。どうにも心が軋んで、情緒がぐらぐらになるもんだ。そんな時に、愛しい男の作ったよみうりを目にして、ついに張り詰めていたもんが、ふつりと切れちまったんだろうよ」

 だから女はありもしない星を見てしまった。それに男の幻影を重ねて、必死になって追いかけてしまったがゆえの不幸な事故。
 祟りでも怪異でもなんでもない。
 強い想いが見せた夢幻(ゆめまぼろし)。そして本当に怖いのは、そんな夢幻すらをも喰い物にする輩が、この江戸に跳梁跋扈していること。

「げに度し難きは人という生き物なり、ってな」

 言いながら「きしし」と笑う銅鑼であったが「でもだからこそ、おもしろい。あとやっぱり団子はおみつのところのにかぎる」とも言った。

「う~ん、どうにも難儀だなぁ」

 空を流れる雲を眺めながら藤士郎は手にした団子をかじる。
 もちもちの食感を味わっていると、遠くでぴぃぴぃとひよどりが鳴くのが聞こえた。


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