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其の七十八 口封じ
しおりを挟む「うぎゃっ」
暗闇の中、聞こえたのは伊之助のうめき声。
斬られたか、刺されたか。
だが藤士郎にそれを確かめている余裕はない。
攻撃の手が自分にも向けられていたからである。
唐突な暗転により、視界を潰された状況下での襲撃。
そのくせ敵の動きには迷いがない。事前に暗闇に目を慣らしていたのであろう。ずいぶんと手慣れている。おそらくは殺しを請け負う裏稼業の者ら。
伊之助の口封じにきたか。きっと真実が露見すると困る連中の差し金であろう。
他人の命を狩ることに一切の躊躇のない刃が喉元めがけて迫るも、抜き放った小太刀で防いだ藤士郎。
ぎぃんっ!
刃と刃がぶつかり合った刹那、火花が散る。
闇の中に薄ぼんやりと浮かびあがった襲撃者は、全身黒づくめの忍びのようないでたち。覆面からのぞく瞳をかっと見開いている。よもや必殺の一撃を防がれるとは思っていなかったようだ。
相手が動揺から立ち直り次の動きへと入る前に、藤士郎は蹴りを放つ。ただし倒すためのものじゃない。いったん引き離すためのもの。ぐいと相手の身を押し出すようにして、足に力を込める。
体圧を押しのけたところで、すかさず藤士郎はきびすを返す。開け放たれている戸口から表へと飛び出した。
これに慌てたのが蹴られた相手。
逃がしてなるものかと、すぐさまあとを追う。
だが外に出たとたんに「?」首を傾げることになる。
獲物の姿がどこにも見当たらない。
いくら逃げ足が速くとも、天狗や韋駄天じゃあるまいし、ほんのわずかな間にびゅんと遠くへ行けるわけもなく。となれば……。
瞬間、飛び上がった黒づくめの男。
直後にその足下を通り過ぎたのは小太刀による薙ぎ。
藤士郎による待ち伏せからの不意打ち。逃げたふりにて戸口のすぐ脇に身を伏せていたのだ。だが黒づくめの男は間一髪のところでこれをかわす。伊達に裏稼業の世界で生きてきたわけじゃない。
けれども反撃はかなわず。
ふわりと宙に浮かんでいるところに、猛然とせりあがってきたのは黒い影。藤士郎の愛刀・鳥丸の鞘である。鞘の先端には鉛が仕込んでおり、これが覆面姿の顎下をしたたかに殴打。
急所をかち上げられた黒づくめの男は、たまらずぐしゃりと地面に落ちて、それきりとなった。
「ふぅ、まずはひとり……」
攻防を経て、幾分、暗闇に目が慣れてきた藤士郎。目を凝らして屋内の様子を確認する。
もぞもぞと蠢く影。どうやら賊は二人いるらしい。伊之助はすでに手傷を負わされている。ぐずぐずしてはいられない。
だから藤士郎はすぐに駆けつけようとしたのだが、それをさせじと背後から飛んできたのは一本の矢。
とっさに横に転がってかわすも、藤士郎はどっと冷や汗をかく。
狙いが正確な上に、射が鋭く、呼吸がたいそう読みづらい。
弓の極意は「当てる」という欲を捨てること。
的を狙って放つのではない。的と矢は別々のものではない。最初から互いがひとつの対になっており、進むべき道筋が決まっている。これに乗せてやれば、おのずからあたるもの。そのことを理解すれば、矢は勝手に的の中心へと吸い込まれていくという。
さすがにこれを体現できているとまでは言わぬが、それに準拠した実力を持つ射手であることは間違いない。
そんな射手に暗闇の向こうから狙われるだなんぞ、考えただけでぞっとする。
せめて相手の居場所がわかればいいのだが、気配も上手に散らしている。矢が飛んできた方向からある程度は予測できるけど、不用意に近づけばきっと返り討ちにされるだろう。
「まったく世の中は広いよね。いったいどれほどの達人らが潜んでいることやら」
地を這いながら嘆息する狐侍、ちょうどその時、手探りにて見つけたのは破れた編み笠。
そいつを引っ掴むなり投げ放つ。
とたんにひゅんと風切り音、飛んできたのは矢。
見事に編み笠を打ち抜き、あばら家の壁板へと縫いつけた。
それを尻目に駆け出す藤士郎。
原っぱを突っ切り向かうのは、矢を射かけてきたとおぼしき場所。
射手の居所をめがけての疾駆。この局面を打開するには、まず弓をどうにかする必要があると考えたがゆえの行動。
倒せれば御の字。もしくは弦さえ切れれば弓は使い物にならなくなる。
しかしながら藤士郎のそんな目論みを嘲笑うかのようにして、突如として横合いから飛んできたのは鎖分銅。
藤士郎はとっさに小太刀をかざして防ぐも、じゃらりと鎖に得物を絡め捕られてしまう。
襲撃者らは全部で五人いたのだ!
用心深いことに、五人目は草むらにて息を殺し、仲間たちの仕事の一部始終をじっと観察していたのである。
鎖に囚われ足が止まる。窮地に立たされた狐侍。
藤士郎の長身痩躯の胸元へとめがけて、必中の矢が迫る。
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