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其の六十七 猫又騒動顛末記 後編
しおりを挟む隠れ里から天狗の子どもの姿が失せたのは己の不注意によるもの。
困っていた天狗の子どもを救ってくれたのは人間の老婆。
そこへ押しかけ天狗の子どもを捕まえたのは美僧に化けた妖白猿。
捕まっている間、よくしてくれたのは猫又の男の子。
じつは憐れんでこっそり菓子なんぞを差し入れしてくれる人間もいたとか。
挙句に術を施され蔵へと閉じ込めらた天狗の子どもを助けたのは人間の若者。
受けた恩義、晴らす恨み、罪と徳と罰と、足して引いてまた足して……。
と、とにかくややこしい。
天狗たちは考えるほどに「あれ? あれ?」とこんがらがった。
当の天狗の子どもも切実に大人たちに訴える。
「悪い人ばかりじゃないの。それにもしも天狗たちが暴れたら、しらたまや心助ら猫又だけじゃなくて、王子の狐たちにもきっと迷惑がかかるから」
だからどうか怒りを鎮めてとまで言われては、「うーむ」となる。
しかしいったん振り上げた拳。どう降ろしたらいいのかがわからない。天狗らは返答に窮した
そこで見かねた銅鑼が助け船を出す。
「だったら今回の詫びとして酒でも貢がせたらどうだ? ついでに甘い菓子もつけさせればいい。加賀藩は酒も菓子もどっちもいけるぞ」
腹立ちまぎれに天狗の威を示し、存分に地ならしをしたとて、かえって腹が減るばかり。
そんな無益なことをするぐらいならば、貰う物をたんまり貰う方が良い。
ついでに貢物のやり取りをするための場所として、どこぞに神社のひとつでも建てさせれば天狗としても大いに面目躍如となろう。
そんな提案をした銅鑼。さすがは大妖、年の功であろう。
これに天狗たちはおおきに気を良くした。
加賀藩側にとっても、これで手打ちとしてくれるのならば安いものと、留守居役の大槻兼山が責任を持って請け負うと約束し、ひとまず一件落着とあいなった。
◇
御殿での上げ膳据え膳の暮らしは、まるで夢のよう。
しかし性に合わない。
悲しいかな、根っからの庶民気質の狐侍。どうにか動けるようになったとたんに、さっさと辞去して実家へと戻った。
が、すぐには元通りとはいかないもので、たっぷり二十日ほども寝込むことになる。
せっかく帰宅したのになかなか落ちついて養生できない。
ありがたいことに、かわるがわる見舞い客が顔を出すもので。
道場を稽古場に貸している猫又らが、連日にゃんにゃんやってきては「おかげさまで、江戸は安泰。次のお披露目の会も無事に開けますにゃ」と感謝を述べる。
辰巳芸者の生駒、梅千代、ちとせ、猫又芸者三人衆はこぞって置屋のきれいどころを連れては、今回の骨折りのお礼がてら、お見舞いにと足繁く通う。
母志乃の弟子である河童の三太、宗吉、お通らも顔を出してくれた。ただし「得子の姉御からの見舞いの品です」と怪しげな苔玉みたいない丸薬を渡され、藤士郎は扱いに困る。
なにせ妖の薬はよく効くけれども、だいたいあとで手痛いしっぺ返しを喰らうと相場が決まっていると、銅鑼に脅されたため。
大工小鬼たちも寝床に「よぉ、どんな塩梅だい?」と顔を出すも、それはあくまで母志乃の漬物を分けてもらいにきたついでといった感じ。
加賀藩邸からは大槻兼山の名代の藩士が訪れ、重箱に詰めた菓子をたんと持ってきてくれたが、それらは早々に銅鑼の胃袋に収まった。
でっぷり猫いわく「ひさしぶりに正体をあらわしたもので、ずいぶんと力を使ってしまった」とのことであったが、たぶん嘘である。たんに食い意地が張っているだけ。もっともあの大きな虎の身であれば、それもしようがないのかしらん。
馴染みの茶屋のおみつも団子を持って訪問してくれたが、当然ながら団子もあらかた銅鑼がたいらげてしまった。
なお知念寺の堂傑もやってきたが、こちらは巌然さまと幽海さまからの文を持って。
巌然さまからの文には『お札の代金は元気になったら自分で払いにこい』と書かれており、幽海さまからの文には『貸しひとつ』とのみ書かれてあった。
書物問屋の銀花堂の若だんなからは「暇つぶしどうぞ」と黄表紙を数冊貰った。中には加賀藩邸での怪事を扱ったよみうりが数枚挟まれていた。だからとて若だんなが仔細を承知の上でのことではなくて、たんに世間で話題になっているからと差し込んだのであろう。
どれも猿の妖怪と槍鬼との戦いが大きく取り上げられており、狐侍には一切言及なし。
まぁ、百万石の大身としての落としどころとしては、こんなものであろう。臭い物には蓋をするのは、いまに始まったことではない。こうして世はつつがなく回っていくのである。
友人が珍しく寝ついたと知った定廻り同心の近藤左馬之助は、わざわざ奥方の紗枝さまと愛娘の知恵を連れて、家族そろってお見舞いにきてくれたものの、紗枝さまは首を傾げる。
「あら? 怪我で不自由している男やもめのわりには、ずいぶんと掃除が行き届いていますのね。障子の桟まできれいだわ。うちの人にも少しは見習って欲しいわね」
奥方のつぶやきに左馬之助は、びくり。
ついでに物陰に潜んでいた幽霊の母志乃も、ぎくり。
◇
ようやく床払いをした九坂藤士郎。
とりあえず知念寺に顔を出そうと向かう道すがら。
「やあ」と手をあげたのは銀花堂の若だんな。たまさかこちら方面に用があったもので、ついでに藤士郎のところにも寄るつもりだったとか。
立ち話もなんだからと、ふたりは馴染みの茶屋へと。
いつものようにお茶と団子を頼んだ藤士郎。
けれども運ばれてきた団子の皿を目にして「おや?」
いつもはみたらしの餡がたっぷりかかっているのに、今日はちょびっと。
隣の若だんなの分を見れば、こちらは黄金色の葛餡に溺れるかのよう。
「あれ、どうしたんだろう。えらく貧相だよねえ。親父さんってば、餡をかけ忘れたのかしらん」
だから藤士郎はおみつに「ちょっと」と声をかけようとするも、ついとそっぽを向く看板娘。「知りません」とぷいっ。おみつは頬を膨らませて、そのまま店の奥へと消えてしまった。なにやらたいそうご立腹の様子。
訳が分からず藤士郎が困惑していると、にやにや顔の若だんな。
「いわゆる女心というやつですよ。いやはや、藤士郎さんも隅に置けませんよねえ。すっかり評判になっていますよ」
「へっ、評判? いったいなんのこと」
「なにって、そりゃあもちろん、道場にとっかえひっかえ、売れっ子芸者たちを引き込んでは、色恋の稽古に余念がないって」
「!」
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