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其の六十三 狐侍、奮闘す
しおりを挟む銅鑼の背に乗り、天駆ける藤士郎。
すぐさま屋根の大棟にいる雅藍のところへ向かおうとするも、なかなか近づけない。
ひゅんひゅん、次々に放たれるのは瓦。雅藍が屋根より引っぺがしたもの。
さすがは加賀百万石の上屋敷の奥御殿。その大屋根に使用されているだけあって、上等な釉薬(ゆうやく)で仕上げられた落ちついた色味のいぶし銀の逸品。
買えば一枚いくらするかしら? そんな代物を妖白猿がぽんぽんと、惜しげもなく投げつけてくる。
「ふん、こんなもの。当たったところで屁でもない。さりとて当たってやる義理もない。というか、なんとなく当てられたら負けのような気がする」
妙なとろこで意地を張る銅鑼。ゆえにここは避けに徹する。
そんな相棒に藤士郎は「えー、こんなときにふざけないでよ。当たる当たらないだなんて、矢場遊びじゃあるまいし」と呆れ顔。
だがそのときのことであった。
ひょいと避けたはずの瓦が、近くで急に爆ぜたもので「うわっ!」
たんに投げつけているのではなかった。念を込めた物を混ぜておき、油断をすればそばで砕け、礫が降り注ぐという仕掛け。
いまは黒銀色の虎の身となっている銅鑼にはまるで効かずとも、その背にいる青瓢箪にならば充分に通じる嫌がらせ。
弱い方から狙う。理にかなった攻撃。
どうやら雅藍は藤士郎をこそ道連れにと定めたようだ。
すると銅鑼がくつくつ笑って、虎の身を上下に揺らす。
「まぁ、妥当な判断だな。だが、やはりてめえは駄目だ。もしもおれがおまえだったら、姫になんぞにはかまけずに、とっとと尻をまくって逃げてるぜ。潮目はとうに変わっちまったんだよ。引き際を見極められずに未練たらたらな時点で、すでに勝負はついている」
言うなり急上昇をした銅鑼。
太陽の中に潜むような位置取りにて反転、急降下を開始する。
これを直視することになった雅藍は、まぶしさに目をしばたたかせながらも、ここで九字を切る。ただし今までのよりも、二回り以上も大きい所作。それも両手による重ねがけ。
そうして放たれたのは、今日一番の規模を誇る法力の塊。さながら投網を広げるかのようにして、妖白猿の頭上へと展開する網の目の陣。雅藍が途中から瓦投げに専念していたのは、密かに消耗した法力を練り直し、大技を放つためであったのだ。
広域展開された法力の網。
そこへまともに突っ込む形になった銅鑼と藤士郎。
たちまち絡めとられ……ない。
ここで銅鑼が咆哮し、牙をむく。
たったそれだけで雅藍の渾身の法力がたやすく破られた。
「ぐっ、これが四凶の力っ! やはり駄目なのか」
圧倒的存在の前に絶望する雅藍。
迫る虎口。あとは喰い殺されるのを待つばかり。
けれどもここで意外なことが起こる。
すいと軌道修正。有翼の虎はそのまま妖白猿へとは襲いかからずに、その脇を通り過ぎてゆくではないか。
てっきり無惨に殺されるものとばかり……。
意図がわからず、立ち尽くす雅藍。
そんな相手に銅鑼は駆け抜けざまに言ってやる。
「勘違いをするな。てめえの相手はおれじゃねえよ」と。
江戸は人の町。ならば人の手で守るのが道理。少しぐらいならば手を貸す。だが、あくまでそれだけ。
これが銅鑼の考え。
そしてその考えに九坂藤士郎も異存はない。
銅鑼の身に隠れるようにして落ちてきた狐侍。
両手にてしっかり握った小太刀・鳥丸(からすまる)をずぶりと突き立てたのは、妖白猿の首の付け根。大槻兼山にやられた肩の傷が痛むも、藤士郎は歯を食いしばり耐える。ありったけの膂力、全体重、落下の勢いをのせ、体ごとぶつかる。
ぐっ、ぐっ、ぐっ。徐々に押し込まれていく刃。
ぶつりぶつりと肉を断つ厭な音に続き、ごぼりと雅藍の喉が鳴る。口元より血泡が垂れた。
このままでは切っ先が心臓に届くのも時間の問題。
雅藍が藤士郎を振りほどこうと暴れる。
離されまいと必死に食らいつく藤士郎。
激しくもみ合ううちに己の流した血で足を滑らせた妖白猿、大棟より落ちた。
それでも藤士郎は離れない。人と妖は団子となって大屋根を転がっていく。
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