狐侍こんこんちき

月芝

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其の五十七 脱走

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 蔵の錠前は、庭の石灯籠の天辺の部分を拝借し、その角を思い切り打ちつけて、強引にがんっと破壊する。
 扉に貼られてあったお札もびりびり破り、重たい扉を開く。
 が、その先にはしめ縄がかけられており、進もうとするもぐにゃり、見えない壁に阻まれて進めない。
 そんなところに顔から突っ込んだ藤士郎は驚き「うげっ」

「ぶっ、なんだい、これは? まるでぷるぷるした水菓子みたいだよ。気持ち悪い」
「ちっ、結界だ。おおかた雅藍の仕業だろう。ずいぶんと用心深いこって……、だがな!」

 でっぷり猫の銅鑼が右の前足を振り上げ「しゃあぁーっ」
 じゃきんと生えた猫爪にて気合い一閃。
 たちまちしめ縄がぷつり、見えない壁がかき消えた。
 いきなりの侵入者らに驚いていたのは、しらたまたち。
 ゆっくりと事情を説明している時間がないので、「生駒さんらに頼まれて助けにきたよ」とだけ告げ、すぐに童らの拘束を解きにかかる。
 子天狗の方は縛られていただけみたいで平気だけれども、心助の方がぐったりしておりあちこちに青痣もこさえおり、痛々しい姿。

「ぐすん。この子、われを庇って」

 涙を浮かべる子天狗。
 どうやら心助は漢気をみせたらしい。
 しかしそのせいで人間の姿のままで縛られ、力を封じられ猫に戻れなくされていた。きっと捕まえておくのには、こっちの方が都合がいいと判断されたのであろう。
 その証拠に、縛っていた数珠をはずしたとたんに、ぽんっと赤虎猫へと戻った心助。
 藤士郎は心助をそっと抱え懐にしまうと、しらたまに逃げるのでついてくるように伝える。
 その間に銅鑼は、ぽかんとしている狐の尻をひっ叩き「おら、ぐずぐずするな。すぐに侍どもがやってくるぞ!」
 泣きべそをかいている子天狗には「とっとと空にあがれ! さもないと羽をむしって喰っちまうぞ」
 これに驚いた狐と子天狗はあわてて蔵の外へと。
 彼らが無事に逃げ出すところを見届けてから、藤士郎と銅鑼も駆け出した。

  ◇

 派手な音を立てて蔵を破ったもので、奥では大騒ぎとなる。
 しかし日頃からあの場所には特定の者しか出入りをしていなかったようで、警護の者らが蔵に駆けつけるまでには若干の猶予が生まれた。
 その隙に藤士郎たちはいっきに距離を稼ぐことに成功する。
 道順と構造はすでに頭に入っているので、迷うことはない。どうにか庵に辿り着き幽海さまらと合流できれば……。

 背後から追いかけてくる多勢の気配に注意しつつ、先を急ぐ藤士郎たち。
 だがその足が突如として止まる。
 前方からこちらへと向かってくる異様な圧を感じたからだ。

 どどどどっ!

 廊下の畳を踏み鳴らすのは雅藍。
 美僧が袈裟衣の前が乱れるのもかまわずに、猛然と駆けてくる。
 こちらとはまだかなり距離があったのにもかからず、吊りあがり血走った目にてはっしと睨み、「いらぬことをしたのは、おのれらかぁーっ!」との怒声を投げつけてくる。頭から湯気を立て、それこそ口から火でも吹きかねぬ形相。
 このまま進んでは狭い廊下でかち合う。背後からの手勢に追いつかれて囲まれてしまえば、万事休す。
 だから藤士郎は外へと飛び出した。
 庭を突っ切っての脱出を試みる。
 犬どもに嗅ぎつけられらるのが先か、庵に辿り着くのが先か。
 勝負はきっと紙一重になる。
 だというのに銅鑼がその場から動こうとしない。

「どうしたの銅鑼? 早く行かないと」
「藤士郎、おまえは先に行け。おれはここに残って、あいつの相手をする。ひとんちの庭で好き勝手やってくれたんだ。ちょいとやり返してやらねば、どうにも腹の虫がおさまらねえ」

 でっぷり猫が言い出したら聞かないことは承知している藤士郎。「わかったよ。でもあんまり無茶をしないでおくれよ」と言って走り出す。しらたまもぺこりとお辞儀をしてから、そのあとを追った。
 二手に分かれたことに気づいた雅藍。
 すぐさま藤士郎らの方を追おうとするも、それは出来ない。
 正面からぶつけられた妖気にて、おもわず足を止めたからだ。
 そんな美僧にでっぷり猫がにへらと笑みを浮かべる。

「かかってきな、三下。格のちがいってやつを見せてやるよ」


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