57 / 483
其の五十七 脱走
しおりを挟む蔵の錠前は、庭の石灯籠の天辺の部分を拝借し、その角を思い切り打ちつけて、強引にがんっと破壊する。
扉に貼られてあったお札もびりびり破り、重たい扉を開く。
が、その先にはしめ縄がかけられており、進もうとするもぐにゃり、見えない壁に阻まれて進めない。
そんなところに顔から突っ込んだ藤士郎は驚き「うげっ」
「ぶっ、なんだい、これは? まるでぷるぷるした水菓子みたいだよ。気持ち悪い」
「ちっ、結界だ。おおかた雅藍の仕業だろう。ずいぶんと用心深いこって……、だがな!」
でっぷり猫の銅鑼が右の前足を振り上げ「しゃあぁーっ」
じゃきんと生えた猫爪にて気合い一閃。
たちまちしめ縄がぷつり、見えない壁がかき消えた。
いきなりの侵入者らに驚いていたのは、しらたまたち。
ゆっくりと事情を説明している時間がないので、「生駒さんらに頼まれて助けにきたよ」とだけ告げ、すぐに童らの拘束を解きにかかる。
子天狗の方は縛られていただけみたいで平気だけれども、心助の方がぐったりしておりあちこちに青痣もこさえおり、痛々しい姿。
「ぐすん。この子、われを庇って」
涙を浮かべる子天狗。
どうやら心助は漢気をみせたらしい。
しかしそのせいで人間の姿のままで縛られ、力を封じられ猫に戻れなくされていた。きっと捕まえておくのには、こっちの方が都合がいいと判断されたのであろう。
その証拠に、縛っていた数珠をはずしたとたんに、ぽんっと赤虎猫へと戻った心助。
藤士郎は心助をそっと抱え懐にしまうと、しらたまに逃げるのでついてくるように伝える。
その間に銅鑼は、ぽかんとしている狐の尻をひっ叩き「おら、ぐずぐずするな。すぐに侍どもがやってくるぞ!」
泣きべそをかいている子天狗には「とっとと空にあがれ! さもないと羽をむしって喰っちまうぞ」
これに驚いた狐と子天狗はあわてて蔵の外へと。
彼らが無事に逃げ出すところを見届けてから、藤士郎と銅鑼も駆け出した。
◇
派手な音を立てて蔵を破ったもので、奥では大騒ぎとなる。
しかし日頃からあの場所には特定の者しか出入りをしていなかったようで、警護の者らが蔵に駆けつけるまでには若干の猶予が生まれた。
その隙に藤士郎たちはいっきに距離を稼ぐことに成功する。
道順と構造はすでに頭に入っているので、迷うことはない。どうにか庵に辿り着き幽海さまらと合流できれば……。
背後から追いかけてくる多勢の気配に注意しつつ、先を急ぐ藤士郎たち。
だがその足が突如として止まる。
前方からこちらへと向かってくる異様な圧を感じたからだ。
どどどどっ!
廊下の畳を踏み鳴らすのは雅藍。
美僧が袈裟衣の前が乱れるのもかまわずに、猛然と駆けてくる。
こちらとはまだかなり距離があったのにもかからず、吊りあがり血走った目にてはっしと睨み、「いらぬことをしたのは、おのれらかぁーっ!」との怒声を投げつけてくる。頭から湯気を立て、それこそ口から火でも吹きかねぬ形相。
このまま進んでは狭い廊下でかち合う。背後からの手勢に追いつかれて囲まれてしまえば、万事休す。
だから藤士郎は外へと飛び出した。
庭を突っ切っての脱出を試みる。
犬どもに嗅ぎつけられらるのが先か、庵に辿り着くのが先か。
勝負はきっと紙一重になる。
だというのに銅鑼がその場から動こうとしない。
「どうしたの銅鑼? 早く行かないと」
「藤士郎、おまえは先に行け。おれはここに残って、あいつの相手をする。ひとんちの庭で好き勝手やってくれたんだ。ちょいとやり返してやらねば、どうにも腹の虫がおさまらねえ」
でっぷり猫が言い出したら聞かないことは承知している藤士郎。「わかったよ。でもあんまり無茶をしないでおくれよ」と言って走り出す。しらたまもぺこりとお辞儀をしてから、そのあとを追った。
二手に分かれたことに気づいた雅藍。
すぐさま藤士郎らの方を追おうとするも、それは出来ない。
正面からぶつけられた妖気にて、おもわず足を止めたからだ。
そんな美僧にでっぷり猫がにへらと笑みを浮かべる。
「かかってきな、三下。格のちがいってやつを見せてやるよ」
1
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
ふたりの旅路
三矢由巳
歴史・時代
第三章開始しました。以下は第一章のあらすじです。
志緒(しお)のいいなずけ駒井幸之助は文武両道に秀でた明るく心優しい青年だった。祝言を三カ月後に控え幸之助が急死した。幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされた志緒と駒井家の人々。一周忌の後、家の存続のため駒井家は遠縁の山中家から源治郎を養子に迎えることに。志緒は源治郎と幸之助の妹佐江が結婚すると思っていたが、駒井家の人々は志緒に嫁に来て欲しいと言う。
無口で何を考えているかわからない源治郎との結婚に不安を感じる志緒。果たしてふたりの運命は……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
野槌は村を包囲する
川獺右端
歴史・時代
朱矢の村外れ、地蔵堂の向こうの野原に、妖怪野槌が大量発生した。
村人が何人も食われ、庄屋は村一番の怠け者の吉四六を城下へ送り、妖怪退治のお侍様方に退治に来て貰うように要請するのだが。
剣客居酒屋 草間の陰
松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
御様御用、白雪
月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。
首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。
人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。
それは剣の道にあらず。
剣術にあらず。
しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。
まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。
脈々と受け継がれた狂気の血と技。
その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、
ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。
斬って、斬って、斬って。
ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。
幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。
そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。
あったのは斬る者と斬られる者。
ただそれだけ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
日本が危機に?第二次日露戦争
杏
歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。
なろう、カクヨムでも連載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる