狐侍こんこんちき

月芝

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其の四十六 猫じゃ猫じゃ

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 三太、宗吉、お通、押しかけ弟子であった河童三人組。ぬか漬け修行にひと区切りがついたところで、仲良く藍染川へと帰っていった。
 ふたたび女幽霊としゃべる猫と狐侍のみの所帯に戻った九坂家。
 よくも悪くも元通り。
 なお道場の大穴と崩れた外壁の修繕はしたが、門のほうは傾いたまま。

「こいつは直すよりも、いっそのことぶち壊して一から作り直した方がいい」

 大工小鬼の棟梁にそう言われたのだが、さすがにそんなことをすればたいそう目立つ。周囲から胡乱がられる。金子の出処など、いらぬ詮索を受けたら面倒だ。
 なにより九坂家は、叩けば埃がばふんばふん。
 どうせ飾りみたいなもの。いっそ開かないほうが用心がいい。どの道、開いたところでろくに使いもしないことだし。
 というわけで、結局、門はそのままとあいなった。

  ◇

 見上げた先は銀砂を撒いたかのよう。
 渡る風が優しい夜。
 たまには星明かりの下を夜歩きするのも悪くない。
 気まぐれを起こし出かけたのは、でっぷり猫の銅鑼。
 すっかり寝静まった町内を我が物顔にてぶらぶら。
 するとどこぞより、こしょこしょ声がする。

「あぁ、どうしよう」
「こまったなぁ」
「いっそのこと牛込の方で探してみては?」
「さすがに遠いよ。不便だ」
「とはいえ、そうそう都合のいい場所なんてありゃしないし」

 何ごとかと覗いてみれば、猫たちであった。
 ただし、みな尾っぽがふたつに分かれているので猫又である。
 それが小さな額をつき合わせては、ため息まじりの嘆き節。

「なんだい、なんだい。そろいもそろって辛気臭い面をしやがって。せっかくの気持ちのいい夜が台無しじゃねえか」

 悪態をつく銅鑼。
 事情を問うてみれば、彼らが集会に使っていた空き家が、つい先日取り壊されてしまったという。そのせいで集まれる場所がなくなってしまった。

「あそこはお武家さまの屋敷でして、ちゃんとした壁があったもので、重宝していたんですよぉ」

 猫又たちのうちの、白黒黄のぶち柄がとても残念がっている。
 しっかりした門と壁があって、周囲から隔てられているので、外からは中の様子がみえない。
 だから手ぬぐいを頭にかぶって「にゃんにゃん」猫踊りをするのに、とても都合がよかった。

「もっともそれが評判になって、あんまりにも猫又たちが集まって騒ぐもんだから、いつしか近隣の者たちから、幽霊屋敷と呼ばれて怖がられるようになりまして」

 それが原因でついぞ借り手はつかぬまま。
 住む者がいない家はたちまち朽ちる。建屋が痛み、ついには取り壊されることになった。
 経緯を語りながら、猫又のうちの黒毛がぺろりと舌を出す。

「あきれた! 自業自得じゃないか」と銅鑼。

 いつもであれば、ばっさり切り捨てて放っておく。
 だが今宵のでっぷり猫は少々機嫌がよかった。
 ゆえに柄にもなく仏心を出す。

「ふーん、近くで人の目を気にせず踊れる場所ねえ……。まぁ、おれさまに心当たりがなくもないがな」

  ◇

「ふわぁ」

 本所深川の繁華な通りを歩きながら、あくびを噛み殺したのは九坂藤士郎。
 狐侍はここのところ少々寝不足気味である。
 原因は夜な夜な九坂家へと集う猫又ども。
 銅鑼からの紹介にて「しばらくの間、こいつらに道場を使わせてやって欲しい」とのこと。
 藤士郎が道場を使うのは日課の朝錬の時のみ。あとは放置にてどうせ使う者もいないからと、頼まれるままに貸し与えたところ、毎晩、足繁く通っては踊りの稽古に励んでいる。
 聞けば近々、大きなお披露目の会があるそうで、それはもう熱心にがんばっている。
 さすがにそれを「やかましい」とは言えず……。

 それはさておき、藤士郎がどうして深川を歩いているのかといえば、個人で金貸しをしているところから、帳簿整理の助っ人を頼まれての帰り道。
 とかく嫌われ者の金貸し稼業。
 だが今回の頼み人であるお園さんは、元お店者の未亡人にて、夫が亡くなってからは店は人に任せて、自分は月々のお手当だけを貰っての悠々自適な生活。よって金貸しは暇つぶしの趣味みたいなもの。だから扱う額も小さいし、取り立ても熱心じゃない。
 よく言えば良心的、悪く言えば笊(ざる)なところがある。商いというよりも、ほとんど施しに近い。ならばいっそのこと銭なんぞ恵んでやればいいと思わなくもないが、「それをしちゃうと相手が駄目になっちゃうから」とお園さん。

 そんなお園さん、いったい藤士郎の何が気に入ったのやら。
 たまに呼んでは笊の穴埋め仕事を与えてくれる。
 ありがたいことに手間賃をはずんでくれるもので、藤士郎の方も呼ばれるままに、ほいほい駆けつけているという次第。

「ふわぁ」

 ふたたびあくびをした藤士郎。眠気が強くなってきた。頭がふらふらする。
 しかしそんな眠気をどこぞに吹き飛ばす光景に遭遇したもので、たちまちしゃんとなった。

「おや、あれは左馬之助じゃないか。きれいどころに囲まれて、もみくちゃにされているよ」

 視線の先では定廻り同心が、いなせな辰巳芸者三人に詰め寄られ、たじたじ。
 なんとも面白い図に藤士郎は目をぱちくり。


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