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其の四十五 妖の世の理
しおりを挟む三太は小判を川で拾ったと言っていた。
宗吉の珊瑚玉、お通のぎやまんの杯もまた同じく川で拾われたもの。
川は河童の領分。ゆえに水の中へと落ちてきたものは河童の物。より正しくは拾った河童の物となる。それが古来よりの慣わし。
とはいえ河童とて強情ではない。
事情があって落としたとあれば、返却することもやぶさかではない。
ただしそこにきちんと筋を通す誠意があれば……の話である。
少し前に、ふざけた真似を仕出かした連中がいた。
なんと! 徒党を組んで夜更けに押しかけては刃物を振りかざし、河童の物を奪おうとしたのだ。ばかりか若い娘河童を人質にとっての乱暴狼藉。
一連の出来事をお通からの文で知った得子。
さいわいなことに大事には至らなかったことに安堵するも、得子はぴきりと青筋を立て、文をくしゃりと握り潰す。
「人間同士のことだから、ちょっとぐらいのおいたならば見逃してやるけど。さすがに河童の物に手を出したとあっちゃあ、ちょいと許せないねえ。こいつはお仕置きが必要だ」
藍染川の主が怒っている。
それに呼応するかのようにして、集まったのは近在の河童たち。
総勢二百と八。
「怪しげな舟が頻繁に出入りしていたのは、たしか上流沿いにある屋敷だったか……。おい、誰か、ひとっ泳ぎして確認してきておくれ。もしもそこがあたいらに喧嘩を吹っかけた連中のやさなら、すぐに殴り込みをかけるぞ!」
得子の号令に、集まった河童たちが「くけけけ」と笑う。
その声が重なり合唱となって緑が淵の水面をざわざわと波立たせ、河童たちの瞳に赤い妖光が宿っていく。
◇
一方、そんなことになっているとは露知らず。
千曲屋一党は、隠れ家に保管してあった抜け荷や金子を、別の場所へと動かすための荷造りをせっせと急いでいた。
先のしくじりにより大勢の仲間たちが捕縛された。ことはすでに露見している。隠れ家を突き止められるのも時間の問題であろう。
いまのところ捕り方の動きは止まっているものの、それもいつ風向きが変わるかわからない。
だからいまのうちにと考えた。
だが荷物が多い。ゆえに陸路ではなくて水路を選んだ時点で、すでに行く末は定まっていた。
彼らがそれを知るのは藍染川へと積み荷で重くなった舟たちを漕ぎだして、しばらく経ってからのこと。
順調であった舟足が突如乱れる。
晴れていた空が一転して暗雲に覆われ、冷たい横風がびゅるり、船縁を打ちつける。波もえらく荒れてきた。やたらと揺れるもので、とてもではないが立ってはいられない。
乗り込んでいた者らは、みな舟底に這いつくばってどうにかこらえる。
けれどもそのときのこと。
何者かの視線を感じて、はっ!
おもわず顔を向けると、その何者かと目が合った。
それは船縁に張りつき、こちらを覗いている河童の赤い目であった。
次々と転覆する舟たち。
積み荷は水底へと沈んでいく。
放り出された者らは、不思議と沈むことなく流されるままに下流域へと。
その光景を近くの岸から眺めていた得子。
かたわらにいる古株の河童が「あれでよかったんですかい? いっそまとめて沈めちまえば楽でしょうに」と首を傾げる。
「べつにかまいやしないさ」得子はにやりと意地の悪い笑み。「褌一丁、残さず身ぐるみを剥ぐように言ってある。それに土左衛門で川を堰き止められちゃあ、めいわくだ。それじゃあ、こっちは頼んだよ」
その言葉に古株の河童がうなづく。
ひとりきびすを返した得子は、上流の方へと向かって悠然と歩き出した。
やさの方の打ち壊しがどうなったのか確認するために。
◇
得子が九坂家への土産に持参した葛籠の中身は、そのときの戦利品の一部。
「足りないなら言ってくれ。なぁに遠慮はいらねえよ。まだまだあるから」
言われた藤士郎は首をぶんぶん横にふる。
なぜならこれらはすべて抜け荷で得た品だから。
うっかり表に出そうものならば、御用となって首が飛びかねない。
だがそんなこと河童には関係ないわけで。さりとて迷惑だから持って帰ってとも言えず。
なにせ相手は九坂家のへそ曲がりな正門をねじ伏せるほどの剛の者。あと河童の殴り込みも怖い。
人と妖がちがうように、人の世の理と妖の世の理もちがう。
河童からすれば、自分たちが与えた品を、当人が納得して他者に譲るのならばともかく、それを横からひょいと掠め取るのは断じて許せないこと。
それすなわち約定をたがえる、もしくは踏みにじられたのに等しく感じるらしい。
いささか過剰な反応かもしれないが、それが河童なのだからしようがない。
得子は母志乃の漬けたきゅうりのぬか漬けを土産に持たされて、上機嫌にて帰っていった。
置いていかれた宝の山を前にして途方に暮れる藤士郎。「どうしようか、これ」
銅鑼はようやくありつけた羊羹をかじりながら。
「けっ、切り餅だけ抜いて、残りは葛籠ごと押し入れの奥にでも放り込んでおけ。銭は道場の壁の穴を直すのにいるからな。それよりもいいのか? このままだと門が開けっ放しで用心が悪いぞ。変な連中が入り放題になるぞ」
言われて藤士郎は「あっ!」
あわてて得子のあとを追う。
そんな飼い主の姿ににゅうと目を細めつつ、銅鑼はちゃっかり藤士郎の分の羊羹をぱくり。
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