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其の四十 一尺柄
しおりを挟むいったん話を昨夜に戻そう。
九坂家の道場兼自宅や定廻り同心の近藤宅が襲われるのと前後して、古道具屋蒲生屋の裏木戸がそろりと開いた。
しっかり戸締りがされてあったのだが、賊のひとりが隙間から薄い金具を差し込み、心張り棒をどかしたのだ。その者は仲間を引き入れるなり、続けて縁側の雨戸へととりつき、これも素早く処理する。
そっとはずされた戸板。
ぽっかり開いた侵入口より、やや湿った夜気が建屋内へと流れ込む。
足を踏み入れる賊たち。目配せにてうなづき合うと、いくつかの組に分かれて家探しを始めた。だが……。
「へんだな、誰もいないぞ」
「こっちももぬけの殻だ」
「どこにも見当たらねえ」
「そんな馬鹿な」
「いったいどうなって……ぎゃっ!」
急な悲鳴。あわてて駆けつければ太腿の裏をざっくり斬られて、畳の上にて「痛てえ、痛てえ」と転がっている血まみれの仲間の姿があった。
「おいっ、どうした、何があった?」
問い詰めようとしたところで、またしても背後から「ぎゃっ!」という声。
すると今度は廊下にて脛の辺りを斬られ悶絶している者の姿が。
立て続けにふたりがやられた。どうやら自分たちはまんまと誘い込まれたらしい。
そのことを悟った賊ども。あわてて外へと向かうも時すでに遅し。
裏木戸の周辺には、刺股や突棒などを引っ提げた捕り方が待ちかまえており「御用、御用」と勇ましい。
逃げおおせるにはそれを蹴散らすしかない。賊たちは各々得物を抜き、雄叫びをあげながら突進していく。悪あがきにより、現場はたちまち騒然となった。
◇
次々と組み伏せられ、縛られ、捕縛されていく賊たち。
そんな渦中にあって、唯一、捕り方を物ともしない猛者がいた。
ざんばら髪が見苦しい牢人者。しかしながら強い。近寄ってくるはしから、捕り方を鞘に納めたままの刀にて、たやすく打ち据える。
群がる者、みなねじ伏せられる。このままでは単騎にて包囲網を突破しかねない。
しかしそんなざんばら髪の牢人者が不意に足を止めて、鼻をすんすん。
「おや、血の臭いだ。おまえさんかい、うちのお仲間を斬ったのは?」
牢人者の視線の先にいたのは近藤左馬之助。ちょうどお店の奥より姿をあらわしたところである。
昼間、蒲生屋の主人を連れてあちらこちら、派手に聞き込みをしていた左馬之助。
行く先々にて珊瑚玉のことを吹聴して回る。
あれが真っ当な品でないことは重々承知。だからわざと目立つように動いて、事を公にしたくない連中の耳にも届くようにした。
もちろん狙いあってのこと。福屋一家を惨殺した外道どもを誘い出すためである。
ちょっとした賭けではあったが、まさか初日から餌に喰いついてくれるとは……。
「やれやれ、まんまとしてやられたってわけか。急いては事を仕損じるとは、よく言ったものだな」
くつくつ肩をふるわす牢人者。その態度はどこか投げやりで、まるで他人事のよう。
だが左馬之助は、相手の刀の柄をじっとにらんだまま。
刀の柄。刀身の長さにもよるが、たいていが八寸前後。なのに牢人者の腰の物はずっと大きく、一尺ほどもあろうか。
「居合いの遣い手か。それも相当な腕……。どうして賊なんぞに身をやつしている?」
問われた牢人者は「さあね、そんなのとっくに忘れちまったよ」とにへら。腰を落とし、柄に手をかけ抜刀のかまえ。
対峙する左馬之助も同じく抜刀のかまえをとる。
「あの切り口からして、たぶんそうじゃないかとは思っていたよ。田宮流かい」
じりりじりりと距離を詰める、牢人者。
「まあな。とはいえ本家筋からはほど遠い、名乗るのもおこがましい傍流もいいところだがな」
睥睨しつつ間合いをはかり、静かに呼吸を整える左馬之助。
ざんばら髪の牢人者と近藤左馬之助、ともに集中。とたんに周囲の雑踏が聞こえなくなり、互いの姿しか目に入らなくなる。
ぎちりぎちりとねじられ、締め上げられていく緊張の糸。
剣気同士がぶつかり、せめぎ合い、見えない火花を散らす。
頬を伝い汗がぽとりと落ちた。
じきに極限にまで張り詰められた緊張の糸が限界を迎えたとき。
ふたりが同時に動く。
放たれたふたつの銀閃が疾駆し、目の前の相手へと吸い込まれてゆく。
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