狐侍こんこんちき

月芝

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其の三十八 道場襲撃

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 夜も子の刻を少し過ぎた頃。
 ふつりと虫の声が途絶えた。
 闇の静寂の中、まぶたを開けた藤士郎はむくりと上体を起こし、枕許に置いてある小太刀・鳥丸に手をのばす。
 すると蒲団の足下で丸まっていた銅鑼も顔をあげた。

「またぞろ大工小鬼どもが漬物をねだりに来たのか」と億劫そうにつぶやくも、すぐに目を爛と光らせ「いや、ちがうな。これは人の気配だ。ぞろぞろと十ばかり。こんな夜更けに道場破りとは酔狂なこった」とでっぷり猫は大あくび。

 そっと起き出した藤士郎、銅鑼に「母上は……幽霊だから問題ないとして、三太たちを」と頼み、ひとり部屋を出た。

  ◇

 藤士郎が足音を殺し向かったのは玄関先。
 正門の内にて蠢くのは、怪しげなほっかむりの男。
 何をしているのかとおもえば、潜り戸を開けようとしているらしい。外に待つ手勢を引き入れるつもりなのであろう。
 しかしあいにくと九坂家の門は傾いでおり、建付けが悪い。潜り戸もへそ曲がりにて開けるのにはちょいとこつがいる。それを知らぬ侵入者は悪戦苦闘中。

「おい、何をもたもたしていやがる。とっとと開けぬか」
「わかってる! だが開かねえんだよ。くそっ、やたらと固てえな、この扉。いったいどうなっていやがる」

 表から苛立つ仲間の声。
 急かされ「ふんっ、はっ」と熱心に力を込める侵入者。だが奮闘むなしく、潜り戸は押せども引けどもびくともしない。
 見かねた藤士郎が「手伝いましょうか?」とうしろから声をかければ、「おう、そいつはありがてえ」とはずみで返事をしたものの、驚いてふり返ろうとしたところで侵入者の意識はたちまち刈り取られる。
 後頭部をごつん、小太刀の柄頭で打ち据えた藤士郎は、ぐったりしている者を脇へと運んでから、潜り戸を開けた。

 とたんに勢いよく押し入ってくる賊ども。
 その数七。
 どこぞの家来衆とおぼしき身なりの者がひとり。おそらくはこれが集団を率いているのであろう。あとはいかにも牢人者といった風体の者ばかり。
 だが迎え入れてくれた仲間がいないことを不審がっているうちに、最後尾にいた者がどさりと倒れた。
 門の内側に張りついていた藤士郎によるもの。これで残りは六となった。

 賊どもは目に見えて狼狽する。なにせ襲うつもりが、待ち伏せを喰らったばかりか、はやふたりも倒されてしまったからである。
 完全に出鼻を挫かれた。それでもまだ数の上では勝っている。
 集団を率いる者が「なにをぼさっとしている。さっさと斬れっ!」と激を飛ばし、一斉に抜き放たれた白刃。すぐさま獲物を囲んで切り刻まんとするも、それをぼんやり待つほど伯天流の剣は甘くない。

 素早く投げ放ったのは小石ふたつ。さきほど内側から潜り戸を開けようとしていた者を打ち据えたときに、ついでに拾っておいたもの。
 至近距離での投擲術。しかも目が頼りにならぬこの時刻ともなれば、まず対応できない。
 狙いは正確無比であった。
 ひとつは眉間に、ひとつは右目にめり込む。

「ぎゃっ」「ひいっ」

 悲鳴があがり、痛みに刀を取り落としうずくまる男ら。
 それらには目もくれず、藤士郎は突進するなり、小太刀を抜く。閃く刃が弧を描き、斬ったのは肘と手首の筋。骨を断つほどの斬撃ではないが、血が滴りもはやろくに刀は握れぬほどの傷。
 あっという間に四人を無力化した藤士郎、「これであとふたり」とぼそり。
 残りはすっかり及び腰となっており、これならばすぐに制圧できるとおもった、その矢先のこと。

「きゃあぁーっ!」

 突如として響いたのは乙女の悲鳴。声の主はお通であった。
 はっとする藤士郎。その時になって銅鑼の言葉を思い出す。
 たしか、でっぷり猫はこう言っていたではないか。「人の気配が、ぞろぞろと十ばかり」と。
 だがこの場にいるのは全部で八人。ふたりばかし足りない。
 どうやらそのふたりは、別のところから邸内へと侵入したようだ。なにせ家を囲む土壁はぼろぼろにて、その気になればどこからでも入れるのだから。

 この事態に意気を盛り返したのが、追い詰められていた側。
 にやりと厭らしい笑みを浮かべ、「どうやら形勢逆転だな。おとなしくしろ。さもないとあの娘がどうなっても……」とお約束の台詞を口にするも、それを最後まで言い切りることはできなかった。

 どぉおおおぉおぉぉぉぉーん!!!

 大きな雷が直撃したかのような轟音。
 ぐらりと足下が揺れ、邸内中がびりびりと震える。
 道場の壁を突き破って、外へと飛び出してきたのは邸内に侵入していた賊の仲間たち。
 何ごとかとおもいきや、やったのは悲鳴をあげていた当のお通。

「こんの助平どもめっ! ふたりがかりで夜這いだなんて、とんだ破廉恥だぁ」

 道場で三太、宗吉、お通ら河童三人組が仲良く川の字になって寝ていたところに、ずかずか踏み込んできた賊ども。まずは娘を人質にと考えたらしいのだが、それが悪手であった。
 たいそう驚きいろいろ誤解したお通より、どすこい。
 強烈な張り手を喰らって吹き飛ばされ返り討ち。

 あまりのことに呆然と立ち尽くす残党ども。
 その隙に「ほいほい」と首を打ち据え、まとめて黙らせた藤士郎。
 制圧を終えて、おっとり刀で壁に開いた穴のところへと駆けつければ、ふんすか鼻息の荒いお通と、隅っこで抱き合いながらぷるぷる震えている三太と宗吉の姿があった。
 そばには銅鑼と母志乃もいて。

「あらあら、お通ちゃんってばすごいのねえ。惚れぼれしちゃう」
「河童の角力好きは有名だが、じつは女の方が腕っぷしが強いってのは、あんまり知られてねえから。とはいえ、これまたどでかい穴をこさえたもんだ。向こうの土壁も崩れてるし、こいつは修繕がたいへんだ」

 なんぞと、でっぷり猫と女幽霊は暢気にお喋り。


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