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其の三十六 外道働き
しおりを挟む手の中で返すがえす、珊瑚玉を確かめていた蒲生屋の主人。近藤左馬之助の目をみて、こくんとうなづく。
とたんにさっと血相を変えた左馬之助、えらい剣幕にて藤士郎に詰め寄った。
「おいっ、こいつをどこで手に入れた!」
まさか正直に河童から貰ったとは話せない。
なのでとりあえず「知り合いが川で拾ったのを預かっただけ」と藤士郎はお茶を濁す。
◇
そもそもの話、どうして定廻り同心が蒲生屋といっしょにいるのか?
ことの起こりは五日ほど前に遡る。
その日はしとしと雨が降る陰気な夜だった。
不幸にも押し込み強盗に襲われたのは、福屋という古道具を商うお店。
父母娘の親子三人と、手代に丁稚がひとりずつという、お店としては小さな所帯。商いの規模もそれなりにて、手堅くこじんまりとしたもの。
そこへ夜更けに押し込んだ賊ども。みな殺しの外道働きの上に、店から金目の品をごっそり奪っていったというのだが……。
濃厚な血の臭いがこびりついている現場。
報せを受けて急ぎ駆けつけた近藤左馬之助は、検分を始めるもすぐに首を傾げることになる。
「ひでえまねをしやがる。だが、はて? ここはおもに町人どもを相手にしている店のはずだ。金目の物ったって、たかが知れている。つねに置いてある金子の額にしてもそうだ。大店のように蔵の中に大判小判がざっくざくとはいくまい」
とどのつまり、やってることに対して儲けが明らかに少ないのだ。
悪党どもはあれでけっこう計算高い。犯す罪、働きに相当するだけの旨味がなければ、まず無茶をしない。雨の中、かさばる荷を運び出すのはけっして楽な仕事じゃない。
惨状にどうにもちぐはぐな印象を受けた左馬之助は、「ひょっとしたら物盗りにみせかけた怨恨の筋ではないのか」と疑う。
そこで左馬之助は生前、福屋と懇意にしていたという同業の蒲生屋のところを訪ねることにした。
左馬之助の口から福屋一家が惨殺の憂き目にあったことを聞くなり「そんな……」と絶句した蒲生屋の主人。たちまち蒼白となって「やはりあれが祟ったか」と何やら意味深なつぶやき。
聞き逃さなかった左馬之助が問い詰めると、蒲生屋の主人はおずおず「じつは」と語ったところによると。
事件が起きるさらに七日ほど前のこと。
所用にて福屋を訪ねた蒲生屋の主人。
その場で先方より、とある儲け話を持ちかけられたという。
「蒲生屋さん、蒲生屋さん、いい出物があるんだけど、ひと口のらないかい。いささか値が張るもんで、うちだけじゃあちと苦しいんだよ。よければいっしょに扱わないかい」
「いい出物ですか? そいつはけっこうですけど、いったいどのような」
「ほら、ご覧。こいつだよ」
差し出されたのは上等な袱紗の布に包まれた玉三つ。
「ほぅ、これは見事な紅珊瑚ですねえ。ここまで赤いのは見たことがない」
「でしょうとも。しかもこの大きさ。なかなかの逸品ですよ」
「たしかに……、ですがこんな立派な品、いったいどこから流れてきたんですか?」
「いや、それがどこぞの中間がうちに持ち込んだんだよ。なんでも主家が急に入用になったらしくって、すぐにどうにかならないかって相談を受けたんだ。とりあえずうちで代金を払える分だけ引き取ったんだけど、まだ十ほどもあるという。これをみすみす逃す手はないとおもってね」
武士はなにかと物入り。家計が苦しいことは商人ならば誰でも知っている。
家にある値打ち物を処分して、必要な金子をまかなうことはけっして珍しくはない。
だが、それならばそれで日頃から懇意にしている出入りの商人に頼むのが通例。
この話、どうにもきな臭い。
そう感じた蒲生屋は「せっかくですけど、いまちょっとうちも苦しくてねえ」とやんわり申し出を断わるついでに、自分が感じた不安もそれとなく伝えたのだけれども。
左馬之助に自分の知ることを、すべて語り終えた蒲生屋は深い嘆息。
「福屋さん……娘がいいところに縁づきそうだってんで、とても喜んでいたんですよ。だから持参金をどうにか工面して、立派な祝言をあげさせてやろうと。親の欲目が出たんでしょうかねえ。つい怪しい商いに手を出してしまった。にしたって、ひどい。なにも殺さなくたって!」
肩を落とし目元に手ぬぐいをあてる蒲生屋。
「まったくだ」
左馬之助もうなづく。自分も娘を持つ身だから、福屋の気持ちが痛いほどよくわかる。親とはそういうもの。だが同情ばかりではこの役目は務まらぬ。すぐに気持ちを切り替えて、自身のおもうところを口にする。
「どうにも今度の一件、その赤玉が元凶のようだな。しかし現場にはそんなものは見当たらなかった。それで、その珊瑚玉ってやつなんだが、おまえさん、見ればわかるかい? あいにくとおれはその手のことに疎くてねえ」
「え、あっ、はい。それは大丈夫かと。しかとこの目で確かめましたんで」
「おぉ! そいつは助かる。それで悪いんだが、福屋の弔いがわりに、しばらくおれに付き合っちゃあくれないかい? この一件、玉の行方を追うのが、犯人どもをお縄にする一番の近道だと思うんだ」
かくして蒲生屋は定廻り同心と対となり、弔い合戦だとばかりに赤玉の行方を追うことになった。
◇
てっきりそのまま没収されるのかとおもいきや。
あっさり返却された珊瑚玉。
「へっ、いいの? こういう場合、奉行所預かりとかになるんじゃあ」
「手続きが面倒だ。いまは中間の足取りと玉の行方を追うのに忙しい。そいつを拾ったという藍染川の方も気になるしな。というわけで、しばらく藤士郎の方で預かっておいてくれ」
「えー、そんないい加減なことでいいのかなぁ」
「いいんだよ! こういうのはいちいち型にはめてたら、ちっとも進まないんだ。とはいえ勝手に売っ払ったりするなよ」
「しないよ、そんなこと!」
「ははは、冗談だ。そんなにむくれるなよ、藤士郎。下手なところに置いておくよりも、おまえの手元にある方がよっぽど安心だからな。というわけで頼んだぞ」
そう言い残して、町中へと消えた近藤左馬之助と蒲生屋。
ひとり残された藤士郎は、手の中の玉をひとにらみ。
「身の丈に合わぬ品なんぞ迷惑なだけだね。いっそのことお堀にでも投げ捨ててやろうかしら」と口をへの字に結ぶ。
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