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其の三十 筋書き
しおりを挟む鼬頭の堂傑の口からいろいろと訊き出してから、十日後のこと。
昼時を少し過ぎており、客の姿もまばらとなった飯屋。
静かな店内の奥でずるずるずる。ひとり蕎麦を啜っていたのは九坂藤士郎。
そこへ顔を出したのは、銀花堂の若だんな。
藤士郎の向かいの席に座り「あぁ、お腹がすいた。空きっ腹で走り回るのは、どうにも堪えるねえ。すまないけど、私にも同じものを」と注文する。
店の者がいなくなったところで、若だんなはずいと身を乗り出す。顔を近づけては、ひそひそこしょこしょ。
「藤士郎さんのにらんだ通りでしたよ。しかし貞助はとんでもない野郎ですね。まさかあんなだいそれた筋書きを書いていただなんて……。人は見かけによらないというか、大胆不敵というか」
銅鑼が推理したことを藤士郎は若だんな伝えただけなのだが、さすがに「うちの居候の猫が思いつきまして」とは言えず。結果としてまるで自分の手柄のようになってしまい、藤士郎はたいそう面映ゆい。どうにも尻のあたりがむずむずして落ちつかない。
◇
弁天堂と津雲屋をめぐる今回の騒動。
銅鑼は貞助が堂傑に語った嘘八百の作り話の中にこそ、真実が隠されていると言った。
くしくも奴自身が狙いを口にしていたのだ。
「身代をそっくり戴いちまおう」と。
だいそれたたくらみである。
おそらくは妹のお菊から泣きつかれたのがきっかけであったのだろう。
妹と同じく兄もまた夢をみた。おのれはこんな程度で終わる男じゃないと。
が、いざ蓋を開けてみれば、どうにも妹は頼りない。身内贔屓とて、とてもではないが庄之助を口説き落とせそうにない。
だからまずは時間稼ぎもかねて、都合の悪い縁談を先に潰してやろうと思い立つ。
破談となってお店が混乱し、庄之助の心が弱った隙を狙えば、あるいはお菊でもいけるか、という淡い期待もあった。
堂傑をそそのかして影の怪異をでっちあげたところ、はじめのうちは上手くいっていた。なのにすぐにぴたりと止んでしまった。
原因は知念寺の巌然和尚のお札。
「おい、堂傑、どうにかしやがれっ!」
「無理無理無理、あっしと御坊とでは月とすっぽん、格がちがいすぎる。術比べなんてとんでもない。あっ、でも誰かがお札を剥してくれたら、なんとかなるかも」
もの凄い剣幕で貞助より詰め寄られた堂傑が苦し紛れに発した言葉。
それを真に受けた貞助、さっそく弁天堂内の誰かに銭でも握らせてやらせることに決めた。
となれば誰に頼むかが肝要。
調べてみると利用するのに都合が良さそうな男をみつけた。
弁天堂の菓子職人である大次郎。
若手をまとめる兄貴分のような立場。弁天堂の跡取りである小太郎からも実の兄のように慕われており、腕と才覚は充分。ゆくゆくは作業場を任される、あるいは暖簾分けにて自分の店を持てるかも。
そんな男がひとり酒場で酔っ払っては、ぐちぐち不平を漏らしていた。
「ちくしょう。なにがめでてえ話だよ。おゆうさんもおゆうさんだ。ちょいと大店の跡取り息子から言い寄られたからって、ほいほいなびくだなんて」
主人一家のおぼえめでたく、何かの宴席にて戯れに「おまえとおゆうが一緒になって、小太郎を支えてくれたら、うちも安泰なんだがねえ」なんぞと親方から言われたこともある。周囲からも「小太郎もがんばっちゃいるが、どうにも心許ない。いっそのことおまえが婿養子になればいい」なんぞと言われる。
その時には大次郎も「めっそうもない。あっしにお嬢さんはもったいない」と謙遜していたが、内心では満更でもなかった。
それなのに……。
ここにも夢をみた男がいた。
同士を見つけた貞助は、にやり。
「よぉ、兄さん。ずいぶんと荒れているねえ。おれでよければ話を聞くよ」
散々に胸の内を吐き出させてから、貞助は大次郎にこう持ちかけた。
「あんたは邪魔な札を剥すだけでいい。それで津雲屋と弁天堂の縁組は駄目になる。あとは悲しんでいるお嬢さんに、おまえさんが優しく寄り添えば……。そこは若い男と女、なるようになるってもんさ。弟の小太郎ってのもおまえさんを頼りにしているようだし、ゆくゆくは」
こうして大次郎を仲間に引き込んだ貞助。
もちろん善意からのことではない。おゆうと大次郎、ふたりの仲がどうなろうと知ったことではないが、これにより貞助は大次郎の弱味を握った。
もしも大次郎が本当に婿養子になれれば、しめたもの。
脅しの材料にして、あとからたんまり絞りとれる。
駄目なら駄目で、店の蔵から砂糖などの高い品を横流しでもさせればよい。
とはいえ弁天堂はついで。
あくまで本命は大店の津雲屋である。
そんな津雲屋なのだが、さすがは大店といおうか……。
やはりやっかいな火種を抱えていた。
貞助に朗報をもたらしたのは妹のお菊。女中奉公をしているがゆえに掴んだ、津雲屋の秘中の秘。
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