狐侍こんこんちき

月芝

文字の大きさ
上 下
30 / 483

其の三十 筋書き

しおりを挟む
 
 鼬頭の堂傑の口からいろいろと訊き出してから、十日後のこと。
 昼時を少し過ぎており、客の姿もまばらとなった飯屋。
 静かな店内の奥でずるずるずる。ひとり蕎麦を啜っていたのは九坂藤士郎。
 そこへ顔を出したのは、銀花堂の若だんな。
 藤士郎の向かいの席に座り「あぁ、お腹がすいた。空きっ腹で走り回るのは、どうにも堪えるねえ。すまないけど、私にも同じものを」と注文する。
 店の者がいなくなったところで、若だんなはずいと身を乗り出す。顔を近づけては、ひそひそこしょこしょ。

「藤士郎さんのにらんだ通りでしたよ。しかし貞助はとんでもない野郎ですね。まさかあんなだいそれた筋書きを書いていただなんて……。人は見かけによらないというか、大胆不敵というか」

 銅鑼が推理したことを藤士郎は若だんな伝えただけなのだが、さすがに「うちの居候の猫が思いつきまして」とは言えず。結果としてまるで自分の手柄のようになってしまい、藤士郎はたいそう面映ゆい。どうにも尻のあたりがむずむずして落ちつかない。

  ◇

 弁天堂と津雲屋をめぐる今回の騒動。
 銅鑼は貞助が堂傑に語った嘘八百の作り話の中にこそ、真実が隠されていると言った。
 くしくも奴自身が狙いを口にしていたのだ。

「身代をそっくり戴いちまおう」と。

 だいそれたたくらみである。
 おそらくは妹のお菊から泣きつかれたのがきっかけであったのだろう。
 妹と同じく兄もまた夢をみた。おのれはこんな程度で終わる男じゃないと。

 が、いざ蓋を開けてみれば、どうにも妹は頼りない。身内贔屓とて、とてもではないが庄之助を口説き落とせそうにない。
 だからまずは時間稼ぎもかねて、都合の悪い縁談を先に潰してやろうと思い立つ。
 破談となってお店が混乱し、庄之助の心が弱った隙を狙えば、あるいはお菊でもいけるか、という淡い期待もあった。

 堂傑をそそのかして影の怪異をでっちあげたところ、はじめのうちは上手くいっていた。なのにすぐにぴたりと止んでしまった。
 原因は知念寺の巌然和尚のお札。

「おい、堂傑、どうにかしやがれっ!」
「無理無理無理、あっしと御坊とでは月とすっぽん、格がちがいすぎる。術比べなんてとんでもない。あっ、でも誰かがお札を剥してくれたら、なんとかなるかも」

 もの凄い剣幕で貞助より詰め寄られた堂傑が苦し紛れに発した言葉。
 それを真に受けた貞助、さっそく弁天堂内の誰かに銭でも握らせてやらせることに決めた。
 となれば誰に頼むかが肝要。
 調べてみると利用するのに都合が良さそうな男をみつけた。

 弁天堂の菓子職人である大次郎。
 若手をまとめる兄貴分のような立場。弁天堂の跡取りである小太郎からも実の兄のように慕われており、腕と才覚は充分。ゆくゆくは作業場を任される、あるいは暖簾分けにて自分の店を持てるかも。
 そんな男がひとり酒場で酔っ払っては、ぐちぐち不平を漏らしていた。

「ちくしょう。なにがめでてえ話だよ。おゆうさんもおゆうさんだ。ちょいと大店の跡取り息子から言い寄られたからって、ほいほいなびくだなんて」

 主人一家のおぼえめでたく、何かの宴席にて戯れに「おまえとおゆうが一緒になって、小太郎を支えてくれたら、うちも安泰なんだがねえ」なんぞと親方から言われたこともある。周囲からも「小太郎もがんばっちゃいるが、どうにも心許ない。いっそのことおまえが婿養子になればいい」なんぞと言われる。
 その時には大次郎も「めっそうもない。あっしにお嬢さんはもったいない」と謙遜していたが、内心では満更でもなかった。
 それなのに……。

 ここにも夢をみた男がいた。
 同士を見つけた貞助は、にやり。

「よぉ、兄さん。ずいぶんと荒れているねえ。おれでよければ話を聞くよ」

 散々に胸の内を吐き出させてから、貞助は大次郎にこう持ちかけた。

「あんたは邪魔な札を剥すだけでいい。それで津雲屋と弁天堂の縁組は駄目になる。あとは悲しんでいるお嬢さんに、おまえさんが優しく寄り添えば……。そこは若い男と女、なるようになるってもんさ。弟の小太郎ってのもおまえさんを頼りにしているようだし、ゆくゆくは」

 こうして大次郎を仲間に引き込んだ貞助。
 もちろん善意からのことではない。おゆうと大次郎、ふたりの仲がどうなろうと知ったことではないが、これにより貞助は大次郎の弱味を握った。
 もしも大次郎が本当に婿養子になれれば、しめたもの。
 脅しの材料にして、あとからたんまり絞りとれる。
 駄目なら駄目で、店の蔵から砂糖などの高い品を横流しでもさせればよい。
 とはいえ弁天堂はついで。
 あくまで本命は大店の津雲屋である。

 そんな津雲屋なのだが、さすがは大店といおうか……。
 やはりやっかいな火種を抱えていた。
 貞助に朗報をもたらしたのは妹のお菊。女中奉公をしているがゆえに掴んだ、津雲屋の秘中の秘。


しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

浅葱色の桜

初音
歴史・時代
新選組の局長、近藤勇がその剣術の腕を磨いた道場・試衛館。 近藤勇は、子宝にめぐまれなかった道場主・周助によって養子に迎えられる…というのが史実ですが、もしその周助に娘がいたら?というIfから始まる物語。 「女のくせに」そんな呪いのような言葉と向き合いながら、剣術の鍛錬に励む主人公・さくらの成長記です。 時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦書読みを推奨しています。縦書きで読みやすいよう、行間を詰めています。 小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも載せてます。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

処理中です...