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其の二十八 陰陽師くずれ
しおりを挟む鼬頭の陰陽師くずれ。
でっぷり猫の銅鑼に促されるまま、ぺらぺらと自分のことを語る。
名を堂傑(どうけつ)という。
もとは西国にて人里近くの山で気ままに生きていた、ただの鼬。
年経た獣の中には、ひょんなことから妖に成る者がいる。
きっかけや過程はそれぞれであるが堂傑の場合、怪我をして苦しんでいたところを、たまさか旅の僧侶に助けられたのが起縁となった。
各地を行脚していた僧侶。
じつは騙り者にて、本当は陰陽師であった。なのにどうしてわざわざお坊さまの格好をしているのかというと、その方が何かと都合がいいから。
あまり馴染みのない陰陽師よりも、仏に仕える身の方が世間からの受けがいい。
店先で経のひとつも唱えれば施しも期待できるし、一夜の宿にもこと欠かぬと、その者はぺろりと舌を出し臆面もなく述べたとか。
どういった事情により、偽僧侶が放浪の身となったのかはわからない。
だがその旅の途中で拾った鼬を可愛がり供とするうちに、門前の小僧もなんとやら。
鼬は妖となってひょっこり人に化けた。
するとこれを気味悪がるどころか、逆にたいそう面白がった偽僧侶。せっかくだから名をつけてやろうと言い出す。
「おまえとわしは同じ穴の貉のようなもの。ならばこれをもじって同穴から堂傑じゃ」
「あのう、たいそうな名前を頂けるのはありがたいのですが……。でもあっしは貉じゃなくて鼬なんですけど」
「かーかっかっかっ。細かいことを気にするな、どっちも似たようなもんじゃ」
「えー」
「おお、そうじゃ! せっかくだから術もいくつか授けてやろう。なぁに、覚えておいて損はないぞ。いざともなれば、その芸で稼げるから喰いっぱぐれなくてすむ」
かくして偽僧侶からいろいろと術を教わったのだが、結局物になったのは占いの八卦読み、紙でこさえた式神を飛ばすこと、影を操るの三つのみ。
あいにくと鼬が化けた堂傑、陰陽師としての才は乏しく凡骨であった。
ぶらり、風の向くまま気の向くまま。
偽僧侶と堂傑の旅は楽しかった。
でも楽しいときは長くは続かない。
なぜなら妖に比べると、人の生はあまりにも儚いから。
「縁があったらまた会おう。もっともわしはすっかり忘れておろうから、その時はおまえさんの方から気軽に声をかけておくれ」
笑って逝った偽僧侶。
そんな偽僧侶が遺言がてら残したのが「江戸に行け。あの地ならばおまえさんのお仲間がわんさかいるはずだから、きっと寂しくないだろう。京の都? あー、駄目駄目。悪いことは言わん。あそこだけは止めておけ。余所者には当たりがきつい土地だし、何よりおっかないのがいるから」という言葉。
師であり友であった偽僧侶を手厚く葬ってから、堂傑はひとり江戸へと向かった。
◇
日の本一の賑わいをみせる江戸の町。
その片隅にどうにか居場所をみつけた堂傑は、偽僧侶から教わった術で日銭を稼ぐことにする。
しかし八卦読みの占いはあまりうまくいかなかった。
当たるも八卦、当たらぬも八卦。
易者に必要なのは、愛想と達者な喋りの技術。あいにくと、そいつは師匠から教わっていなかった。あんまりにも吉凶をずばずば口にするもので、よく当たるうんぬんよりも、客らからたいそう気味悪がられてしまう。
どうやら自分は易者に向いていないらしい。
懲りた堂傑は、お次は式神の術で稼ぐことにする。
紙で作った鳥を飛ばしたり、人型を踊らせたり。
これは物珍しく、けっこう評判となった。が、何ごとにも旬がある。いささか地味にて客たちはじきに飽きた。あと紙代がけっこうばかにならない。式神の術に使うにはまっさらで上質な紙が必要なのだ。稼ぎのあらかたがそれに消えてしまい、手元にはほとんど残らない。
残る術はあとひとつ。
影繰りの術にて起死回生をはかるも、じつはこの術には致命的な弱点があった。
それはお天道さまのご機嫌。
地面に影をしっかり落としてくれるときにはいいが、へそを曲げて雲間に隠れられたら、たちまち消えてしまう。
せっかく客が集まり演目が盛り上がっても、肝心なところで、ふっ。影がかき消えてしまったら芸にならぬ。たびたび中断となって、客も白けてしまう。
頭を抱えた堂傑。そこに「おい、あんた。なかなか面白い術を使うじゃねえか」と声をかけたのが蝮の貞助であった。
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