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其の二十七 狐侍、夜を駆ける
しおりを挟む津雲屋と弁天堂。
庄之助とおゆう。
身中の虫と影の怪異。
お菊と貞助、腹ちがいの妹と兄。
蝮の貞助と鼬頭の陰陽師くずれ。
何がどう繋がってくるのかは、まだ皆目わからない。
それでも陰陽師くずれが、どうにも怪しい……。
と、にらんだところで、ひとまず引きあげることにしたふたり。
鼻息荒い若だんなは、いまにも陰陽師くずれのところへ押しかけそうな勢いであったが、それは藤士郎が必死に止めた。
なぜなら相手はまともじゃないからである。うかつに手をだして、どんな障りがあるかわかったものじゃない。
とはいえ鼬頭に視えたことを口にしたとて、いらぬ混乱を招くだけのこと。
若だんなや左馬之助は、たしかに藤士郎のよき理解者ではあるが、さすがに九坂家の事情のすべてを話しているわけではない。せいぜい藤士郎は奇妙なことに巻き込まれやすい体質ぐらいの認識。
なのでここはとりあえず「相手が術者ならば闇雲に突っ込むのは危険です。怪しげな術で煙にまかれるやも。ここは私が一度、巌然さまに相談してみましょう」との方便にて、どうにか若だんなを言いくるめた。
◇
江戸の夜はぞんがいはやい。
夜四つにもなれば町ごとの木戸が閉じられ番が見張りに立つ。そして明け六つまで戸は開かない。産婆や医者以外では、よほどの用事でもなければまず通してもらえない。よしんば許されても次の木戸まで木戸番がついてくる念の入れよう。
それに加えて貧乏人が集まる地域では、行燈の油や蝋燭が減るのが惜しいと、みな早々に寝てしまうから、いっそう夜がはやくなるのがつねであった。
しぃんと静まり返った町中を足音もなく駆けていたのは、ほっかむりにて顔を隠している九坂藤士郎。
ときおり立ち止まっては闇に潜み、夜回りの者をやり過ごしては、またしゅたたたた。
木戸番小屋の明かりが近づけば、道端に置かれた火消し用の水桶を足場にして、ひょいと屋根の上に登って、木戸を越え次の町へと。
「くくくく、まるで名うての盗賊か忍者のようだな。いっそのこと貧乏道場なんぞやめて、鞍替えするか」
笑ったのは胸元に抱かれている銅鑼。
へちゃむくれのでっぷり猫は大きいので、そのままではとても着物の懐におさまらない。
そこで風呂敷を三角に折って、赤ん坊を抱く要領にて運んでいる藤士郎。はじめは背におぶろうとしたのだが、肩にくいっと爪を立てられたのでやめた。母志乃の助言によりこの格好に落ちついた次第。
そうして銅鑼をともなって向かっていたのは、例の怪しい陰陽師くずれのところ。
藤士郎が自宅に戻ったところで、鼬頭に出会ったことを口にしたら、銅鑼がこれを面白がったのである。
「ほう、藤士郎ごときに易々と見破られるとはな。とんだ間抜けな奴がいたものだ。あの次郎坊とて、そのへんはちゃんとしていたというのに。やれやれ、情けない。こいつはちょいと説教をしてやらねばな」
次郎とは付喪神の脇差しのこと。付喪神としてはまだまだ成りたての若輩者であったが、それでも子どもの姿にはちゃんと化けられていた。
人に混じって暮らす以上、それは最低限に必要なこと。
もしも満足に出来ないのであれば、すぐさま人里から離れるべきである。なぜなら正体が露見すれば大騒ぎになるから。それすなわち上手くやっている他の連中に迷惑をかけることになる。
この大江戸八百八町、日の本中から人、物、銭、その他もろもろが集まっている。その中には人以外の者もちらほら、いや、かなり混じっているかも?
◇
ぴしゃりと顔にかけられたのは冷や水。
「えっ、あれ? なんで」
驚いて跳ね起き、周囲をきょろきょろ、呆然としているのは鼬頭の陰陽師くずれ。
藤士郎らが長屋へと忍び込んだら、目当ての相手は空になった徳利を抱きしめて、ぐーすか高いびき。
あまりの無防備さに、忍び込んだ側がかえって心配になったほどである。
すっかり酔っ払ってしまっており、ちょび髭を引っ張ろうが、ちょいと小突いたぐらいでは起きやしない。
かといってこんな場所で声を荒げたら、薄い壁一枚を隔てた隣近所に丸聞こえ。
そこで「よっこらせ」と身柄を肩に担いだ藤士郎は、邪魔されることなく話をするのに都合がいい近くの河原へと運ぶことにした。
状況がいまいち呑み込めないようで、いまだ混乱している鼬頭。
その頬を前足の肉球でびたんと一発張り「落ちつけ鼬公」と言ったのは銅鑼。
とたんになぜだか尻込みして「へへぇ」と平伏する陰陽師くずれ。
銅鑼に対してぺこぺこ。やたらと腰が低い。そういう性質なのか、はたまた人にはわからぬ上下関係でもあるのだろうか。
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