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其の二十一 銀花堂の若だんな
しおりを挟む門下生が絶えてひさしい伯天流の道場主である九坂藤士郎。
控え目にいって伯天流は江戸剣術界から異端視されている。
いや、正直なところ蛇蝎のごとく嫌われている。
その理由は、古流ゆえに内容がいささか荒っぽいからである。
どれぐらい荒っぽいのかというと、さる高名な道場の師範代から「その辺の野良犬か破落戸どものほうが、よほどわきまえておるわ」と吐き捨てられるほど。
太平の世の武士にはそぐわない剣。
いかに品物がよくとも、求める者がなければ成り立たないのが商いというもの。
必要とされない以上はいかんともしがたく……。
だが藤士郎、強いことは強い。だからはじめはその腕を活かして稼ごうと考えたこともあった。けれどもその手の仕事を斡旋してくれる口入れ屋の主人から、「だめだめ、いくら強くても、見た目がそれじゃあねえ」とため息をつかれ「あんたにはむいてないよ。やめておきなさい」と懇切丁寧に諭された。
長身痩躯、色白の狐面にて、やや猫背気味。
夜道の寂しい垂れ柳を連想させる風体にて、いつもへらへらしている。
お世辞にもあまり強そうには見えない。というかそれ以前に武士らしくない。
腕に覚えあり、舐められたらしまいの用心棒稼業。
実力もさることながら、なんといっても見た目が大事。いや、むしろそれこそが必須。極端な話、張り子の虎でもかまわない。
かかる火の粉を払いのけるのはもちろんのこと、それを寄せつけないことこそが肝要なのだ。
だから頼りなく見えるのは論外なのである。
周囲より与し易しと侮られては、かえっていらぬ災いを招き寄せ、雇い主を危険にさらす。
すっかり当てが外れて、しょんぼり肩を落とした藤士郎。
でもまったく収獲がなかったわけではなかった。万が一ということもあるかもしれないと、念のために口入れ屋の帳簿に名前を記しておくことにしたのだが、その手並みを目にして「おやまぁ、いい字を書きなさる。これならいけるかもしれないねえ」と口入れ屋の主人。
紹介してくれたのが書物問屋の銀花堂。
以来、写本仕事が九坂家の家計の一助となっている。
◇
道行く藤士郎の足どりは軽い。
悩みの種であった屋根の修繕は小鬼どもが滞りなくすませてくれた。おかげでもう雨漏りに悩まされずにすむ。
屋根の修繕に付き合う形で夜なべしたもので、写本仕事もおもいのほかにはかどる。おかげさまで期日よりもずっと早く片づいた。
あとは仕上げた品を銀花堂へ届けるだけ。
だがしかし……。
「あれ? 若だんな、なにやらやつれているような」
「おや、わかりますか。ええ、じつはここのところちょっと頭の痛い問題を抱えておりましてね」
銀花堂の若だんな、林蔵さん。
あまり表には出てこない無精な主人の父新右衛門にかわって、まだ若いながらも店の方をまかされている如才のない人物。親子して本狂いなのは世間に広くしられており、類は友を呼ぶではないが、お店には本好きの馴染み客が良書を求めて足を運ぶもので、店はいつも賑わっている。
藤士郎と林蔵。仕事のやりとりを通じて何度も顔を合わせているうちに、歳が近いということもありすっかり意気投合。いまでは気安い間柄となっており、近藤左馬之助ともども数少ない藤士郎の理解者でもある。
そんな若だんなに元気がない。
藤士郎が心配し理由を問えば「じつは相談にのって欲しい」と奥へと通された。
◇
日当たりのいい部屋にて差し向いとなり、振る舞われた茶と大福。
よほど言い出しにくいことなのか、妙にそわそわしている若だんな。いつもの客あしらいの良さがすっかり失せている。
これは下手に突いて急かすよりもじっくり待つべし、とにらんだ藤士郎。
まずは茶をすすり、大福をありがたく頂戴する。でもひと口かじるなり、おもわず「おっ!」と目を見開いた。
見た目はふつうの大福。しかし中の餡には干し柿を潰したものが練り込まれてある。
「こいつは弁天堂の大福じゃないか。口いっぱいに柿の風味がひろがるよ。う~ん、旨い」
弁天堂は名の通った菓子屋で、名物は果物を練り込んだ餡を使った大福餅。
季節ごとに店先にならぶ品がかわるもので、つい通いつめてはすべてを食べたくなってしまう客が続出。そうしてようやく全種類をたいらげたとおもったら、ひょっこり新しい品を売り出したりもする憎い奴。おかげで江戸の甘味好きの胃袋をがっちり掴んではなさない。
ほんのひと口のつもりが、気がつけば手の中から大福が消えていた。
その食べっぷりに、くすりと若だんな。自分の分も差し出し「よかったらこれもどうぞ」
お言葉に甘えて、ふたつめに藤士郎がかぶりついていると、ようやく決心した若だんなが重い口を開く。
「じつは相談事とは、その大福を作ってくれた方にまつわることでして……」
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