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其の十八 仇討ち奇譚、終
しおりを挟む付喪神の仇討ち騒動があってから三日後。
知念寺の一室でのことである。
「あのう……、うまくいきましたか」
「うまくいったかはわからん。だが、とりあえず落ちつくところには落ちついた。妖刀に斬られて果てた者のことも、きちんと弔うと約束してくれたし。もう心配はいらぬだろう」
藤士郎がおずおずたずねたら、手土産に持参した花林糖をつまみながら答えたのは巨漢の坊主頭。
九坂藤士郎、剣の腕はそこそこなれども、奇妙な縁に恵まれていることと、ひとより少しばかり目がいいだけで、なんら特別な力を持つわけじゃない。
とてもではないが稀代の妖刀の調伏とかは無理。
そこで頼ったのが巌然和尚。
歩く仁王さまとの異名を持ち、お経を読んでる時間よりも肉体を鍛えている時間の方がずっと長いのではと噂の人物。しかしこうみえて妖退治で広く知られている名僧である。
ゆえに藤士郎は顔見知りである御坊に頼ることにした。
◇
あの日の夜更け、大八車に乗せられてこっそり寺へと運び込まれた春日部高綱と妖刀血潮。
藤士郎は寝ていた巌然和尚を叩き起こし、かくかくしかじか。
事情を説明し、新たに鍔の付喪神となった兄を身につけた、脇差しの付喪神である弟の伽耶次郎の身ともども託したところ「あいわかった。そういったことであれば引き受けよう」とうなづいてくれた。
かとおもえば、すぐさま巌然和尚みずから大八車をひいて、単身向かったのは田沼さまのお屋敷。
この時点ですでに時刻は明け方近く。
にもかかわらずいきなり「頼もう」とやってきた巌然和尚に、田沼の殿さま自身が会ったというから驚きだ。
巌然和尚は藤士郎の希望に添って、彼のことや付喪神の兄弟のことなどには一切触れずに、ただ「山本宗吾の知己を名乗る者が仇を討った」とのみ説明したという。
それに対して田沼の殿さまは「ご配慮、かたじけない」と礼を述べたのみにて、ことの仔細をたずねることはなかったという。
田沼の殿さまがどこまで知っていらしたのかはわからない。
いかに名僧の心眼をもってしても、時の権力者の真意は覗くことかなわなかったそうで、「おぉ、こわいこわい。あれならばまだ怪異どもの相手をしているほうが、よほど気が楽だ」と巌然和尚。
生きた屍同然の春日部高綱は田沼家にてしかるべく処断され、妖刀血潮は叡山送り、山本宗吾の骸は掘り返されて忠臣に相応しいように葬られる。伽耶一郎と次郎の付喪神の兄弟は、山本宗吾の遺品として彼の生家に遺髪といっしょに送られるそうな。山本の生家には歳の離れた弟がいるらしく、おそらくはその者に譲り渡されることになるであろうとのこと。
師弟関係というにはあまりにも短い付き合いながらも、弟子の行く末を聞いて藤士郎は安堵する。
なお闇試合絡みの大捕り物については、その一切が表には出ていない。
「長生きしたかったらおまえも口をつぐんでいろ」
血相をかえた近藤左馬之助から、しっかり釘を刺されている。
誰の意向が働いたのかはわからないが、公になるといろいろまずいという判断なのであろう。なにせあの賭場の贔屓筋には、相当の身分の者や大店の身内も含まれていたそうなので。
だからとてお咎めなしなんて、甘いことはなかろう。
元締めをはじめとする関係者らは余計なことを口走る前に、ことごとくその素っ首を落とされてしまったようだし。この分では蟄居、隠居、改易、減封などで人知れず姿を消す者も数多でるはず。大店からもがっぽり罰金を絞り取るだろうし、これを機会に身代が傾くところもでるやもしれぬ。
当然ながら沈む瀬があれば、浮かぶ瀬もあるわけで。
空いた席をめぐって、まだしばらくは荒れそうではあるが……。
それはもう藤士郎の預かり知らぬこと。
◇
寺の山門をくぐったところで「にゃあご」
柱の陰から姿をみせたのは銅鑼。面倒をみてやった付喪神のことや、その後の顛末が気になっていたらしく、様子を見にきたのであろう。
「そんなに気になるのなら、いっしょに巌然さまのお話を聞けばよかったのに」
「ふん、やなこった。妖退治の坊主と面を突き合わせるなんざお断りだね。それよりも奉行所から手間賃を貰ったんだろう? おみつの茶屋で団子を買って帰ろう。詳しい話は家で団子をかじりながら聞いてやる」
言うなりさっさと歩き出すでっぷり猫。
尻尾をゆらゆら、先に行くもので藤士郎もあわててこれを追った。
付喪神の仇討ち奇譚、これにて一件落着。
となるかにおもわれた、その帰り道でのこと。
おもわぬ相手から呼び止められて九坂藤士郎は固まり、銅鑼は全身の毛を逆立てる。
背後から声をかけてきたのは尼御前。
脇差しの付喪神である伽耶次郎を伯天流道場へと導いた、謎の人物が登場。
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