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其の十七 付喪神と妖刀
しおりを挟む春日部高綱と九坂藤士郎の戦い。
凶悪な妖刀を手にした人斬りと異端と蔑まれた剣術の後継者。
勝負は一瞬にして決する。
残るは地面に転がる妖刀血潮のみ。
当然ながら次郎は「いまこそ兄の仇を討たせてください」と懇願。
だから本懐を遂げさせてやろうとしたのだが、そのときのことであった。
「ごろにゃあ」
可愛げのないざらざらした鳴き声。
のしりのしり、夜の向こうからあらわれたのは、見覚えのある黒銀毛の虎柄。
しばらくぶりのでっぷり猫。銅鑼は口にくわえていたものをそっと置くなり言った。
「やめとけやめとけ、そんな奴にかまうとろくなことがないぞ。穢れをうつされて、祟られとり憑かれるのがおちだ。なにせ妖刀とはそういうものだからな」
付喪神と妖刀。
どちらも古道具が歳月を経て生を得たもの。
ちがうのは、片方は人から愛されて生まれたのに対して、もう片方は人の恐怖や憎悪などを糧として成ったということ。
根本の生い立ちからしてまるでちがう。似て非なる存在。
付喪神は人の姿に化けられるが妖刀はなれない。そのかわりに妖刀は憑く。
つまり妖刀は物は物でも、憑き物の化身。
次から次へと人の手を渡り歩いて凶行を重ねるのは、その力があったればこそ。そして恐ろしいことに、渡り歩くのは何も人の手ばかりとはかぎらない。
銅鑼の話を聞いた藤士郎、あわててあとずさり。
投げ出されたままの妖刀血潮から距離をとる。
「なるほど、そういうことかい。ふぅ、危ないところだったんだね。どおりでずいぶんおとなしくしているとおもったら、そんなことを考えていただなんて」
仇を討ちたいのならば討てばいい。
ただし妖刀血潮、復讐を果たした直後、ぽっかり空いた心の隙を狙い、今度は伽耶次郎の身にとり憑いて、藤士郎にもとり憑くつもりであったのだ。
銅鑼にたくらみを看破され、妖刀血潮は「ちっ、よけいなことを」と舌打ち。
◇
単純にへし折って仇討ち成就とはならない。
妖刀とはじつに難儀な存在だと知れた。
だからとておめおめとは引き下がれない。とはいえうかつなこともできず。
「けけけ」妖刀血潮が高笑いしては「さぁ、遠慮はいらぬぞ。ほれほれどうした」と挑発する。
たいそう悔しがる次郎。
「いざ仇を目の前にして、なんと不甲斐ない」
そんなおりのことであった。
「次郎や、次郎や」
どこぞより懸命に自分の名を呼ぶ声がする。
藤士郎ではない。銅鑼でも、ましてや妖刀なわけもなく、いったい誰が……。
不思議がる次郎。声を頼りに視線を彷徨わせ、ようやく何者が自分を呼んでいたのかを知る。
それは先ほど銅鑼が地面にそっと置いた品であった。
雲間からのぞくお月さまと夏草が高彫りされた刀の鍔。
見覚えのあるそれは、かつて兄刀であった伽耶一郎が身につけていたもの。
その鍔から死んだはずの兄の声がする!
付喪神の脇差し。すぐさま藤士郎の腰より離れて子どもの姿となって駆け寄る。
「兄者っ、本当に兄者なのですか! てっきりあやつに討たれたものとばかり」
「あぁ、次郎。私自身もそう思っていたよ。やられたと。でもご覧の通りさ。ちょっと情けない姿になってしまったけど、許してくれるかい」
「もちろんですとも。どのようなお姿になられようとも兄者は兄者です」
再会をよろこぶ兄弟刀の付喪神たち。
妖刀血潮は「そんな馬鹿な」と自分のことを棚にあげての物言い。
それは聞こえないふりをしつつ、すんと鼻を鳴らしたのは銅鑼。
「討たれたときの話を聞いて、もしやとおもってな。知り合いに頼んでちょいと掘をさらってもらった」
「しばらく姿を見ないとおもったら、そんなことをしていたんだね。やるじゃないか銅鑼、見直したよ」
「まぁな。でもこれで余計な借りができちまった。たいへんだろうが、がんばれよ藤士郎」
「へっ、どうしてそこで私がたいへんになるの」
「どうしてって……そりゃあ、おまえ、猫のけつを持つのは飼い主の役目だから」
「ちょ、ちょっと。いったいどこの誰に借りを作ったのさ?」
「おいおいわかる。そのうちやっかいごとを引っ提げて、向こうから訪ねてくるはずだから」
「なっ!」
しゃべる猫が頼った相手。絶対にまともじゃない。
ずいぶんと高くつきそうな借り。感心して損した!
藤士郎は「ぐぬぬ、それもこれもおまえのせいだ。全部、おまえが悪い」と妖刀血潮をぱかんと蹴飛ばす。
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