狐侍こんこんちき

月芝

文字の大きさ
上 下
15 / 483

其の十五 闇試合

しおりを挟む
 
 舟宿に留め置かれること丸三日。
 夜更けに駕籠へと押し込められ、揺られることしばし。
 連れていかれた先はどこぞの枯れ野。周囲に建物らしきものは見当たらない。吹く風までもが寂しい場所だ。

 枯れ野を進んだ先がぽつんと明るくなっていた。
 四方を陣幕にて仕切られており、煌々と篝火が焚かれている。
 幕の内と外。光と闇。
 布一枚を隔てた闇がいっとう濃い。その奥がざわざわ。蠢く気配は血みどろの見世物に魅せられた客たちのものか。
 幕越しに剣鬼どもの殺し合いを観戦するという仕組み。

「鬼は外、福はなし。内も外も鬼だらけとか、とんだ興行もあったものだねえ」

 業深きこと。藤士郎は呆れつつもなるべく平静を装い、出迎えた勝三に連れられ幕の内へと。
 入ってみれば手前と向こうの幕際に床几が五つずつ並んでいる。
 この並び……、今宵の闇試合は五組の対戦が組まれているようだ。
 すでに十ある床几のうちの九つまでが埋まっており、藤士郎が最後であったらしい。勧められるままに空いてる席につく。
 そのときのこと。かたかたと静かに震えたのは腰に差してる二振りの小太刀のうちのひとつ、付喪神の脇差し。次郎が反応している。

「いました! あやつです。向こうの左から二番目に座っている男。あやつが春日部高綱です」

 頬がげっそりこけ、瞳も落ちくぼんでいる。幽鬼のごとき人物。少し前まで大身のご家来衆であったとはおもえぬ、やさぐれ具合。ひしと刀を抱きかかえるようにして持ち、まるで片時も手放すものかと云わんばかり。そのくせ爛々と光る両目だけが、ぎょろぎょろり。まるで獲物を物色しているかのよう。
 そんな春日部高綱、こちらを見るなり口元を歪めての舌なめずり。
 邪悪な視線が向かっていたのは、藤士郎ではなくて付喪神の脇差しのところ。

「おや? あちらも次郎さんに気がついたみたいだね。さすがは稀代の妖刀といったところか。にしても春日部高綱のあの様子……、話に聞いていたよりもずっとひどい。こりゃあ完全に妖刀にとり憑かれてしまっているようだ。こんなことなら巌燃さまに頼んで、お札の一枚でも書いてもらっておくんだったよ。でもあれって高いんだよなぁ」

 巌然さまとは知念寺の和尚のこと。
 歩く仁王さまとの異名を持つ巨漢。腕っぷしもさることながら、妖退治の高僧としても名を馳せている人物。自ら筆をとって丹念に仕上げる札は、霊験あらたかともっぱらの評判。ただし少々値がはる。お札一枚につき三両ものお布施が必要。ゆえに庶民では気軽に買い求めることができない。

  ◇

 かーん、かーん、かーん。

 鳴らされる拍子木。
 続いて名を呼ばれた者らが「おうっ」との返事にて席を立ち、舞台の中央へと。
 いよいよ闇試合が始まろうとしている。
 だというのに、いまだに奉行所の捕り方が姿をあらわさない。こちらの場所や動きは影を通じて把握しているはずなのに。

「まったく、左馬之助はいったいなにをぐずぐずしているのかしら。……まさかとはおもうけど、ある程度、場が温まってみんなが夢中になってからとか考えてないよね? はやくしてくれないと、私の名前が呼ばれてしまうよ」

 九坂藤士郎と伽耶次郎の目当ては、あくまで春日部高綱のみ。関係のない相手と真剣で斬り結ぶとか冗談じゃない。いっそのこと対戦相手になれれば手間が省けるのだが、そうそう都合よくことは運ばない。席順からしてもちょいと難しそう。

「こちらから頼んだら、絶対に勘繰られるよね? いっそのこと向こうが指名してくれたらいいのだけれども。とりあえずあかんべえと舌を出して挑発でもしてみようかしらん」

 なんぞと藤士郎が考えているうちに、はや試合が始まってしまった。
 たちまち白刃が閃き、剣戟が鳴り響く。
 まだ捕り方連中は踏み込んでこない。焦りばかりが募る。
 どうやら悪い予感が的中してしまったらしい。
 奉行所の立場としては、多額の金子目当てにこんな誘いに応じている時点で同罪。武士の面汚し、どうなろうと知ったことか、いっそ潰し合って数が減った方がせいせいするとでも考えているのかも。
 いよいよ腹を括るしかないのか。
 藤士郎が諦めかけたそのとき、ついに動きがあった。
 陣幕へと向けられる龕灯(がんどう)の明かりたち。それと同時に枯れ野へと浮かびあがった、たくさんの御用提灯。

「御用の筋である。うぬらはすでに袋の鼠ぞ。全員、神妙に縛につけ!」

 馬上よりの大音声。
 これを合図に一斉に踏み込んできた捕り方ら。先陣を切って飛び込んできたのは近藤左馬之助。手下を率いて「待たせたな、藤士郎」と勇ましい。
 かくして始まる大捕り物。
 現場はたちまち喧騒に包まれた。


しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ふたりの旅路

三矢由巳
歴史・時代
第三章開始しました。以下は第一章のあらすじです。 志緒(しお)のいいなずけ駒井幸之助は文武両道に秀でた明るく心優しい青年だった。祝言を三カ月後に控え幸之助が急死した。幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされた志緒と駒井家の人々。一周忌の後、家の存続のため駒井家は遠縁の山中家から源治郎を養子に迎えることに。志緒は源治郎と幸之助の妹佐江が結婚すると思っていたが、駒井家の人々は志緒に嫁に来て欲しいと言う。 無口で何を考えているかわからない源治郎との結婚に不安を感じる志緒。果たしてふたりの運命は……。

野槌は村を包囲する

川獺右端
歴史・時代
朱矢の村外れ、地蔵堂の向こうの野原に、妖怪野槌が大量発生した。 村人が何人も食われ、庄屋は村一番の怠け者の吉四六を城下へ送り、妖怪退治のお侍様方に退治に来て貰うように要請するのだが。

御様御用、白雪

月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。 首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。 人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。 それは剣の道にあらず。 剣術にあらず。 しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。 まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。 脈々と受け継がれた狂気の血と技。 その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、 ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。 斬って、斬って、斬って。 ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。 幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。 そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。 あったのは斬る者と斬られる者。 ただそれだけ。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

処理中です...