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其の十三 釣果
しおりを挟む飲み屋が軒を連ねる細い路地を抜け、ひらけたお堀沿いへと場所をうつしての大立ち回り。
千切っては投げ、千切っては投げ。
編み笠姿の牢人者に扮した藤士郎の手によって、次々と水の中へ放り込まれる破落戸たち。そのたびに盛大な水飛沫があがっては、周囲の酔っ払いどもからやんやと喝采の声。
だというのにあまり数が減らないのは、騒ぎを聞きつけて破落戸の仲間たちがぞろぞろと集まってきたから。いつのまにやら十五ほどにもなっており、ひとりで相手をするのには、ちときつくなってきた。
ばかりか、ついには懐から匕首を取り出す者があらわれたもので、「このへんが潮時か」と藤士郎。ぼそりとつぶやくなり、いきなりその者へと向かって駆けた。
ひらりと脇を走り抜けざま、腰の小太刀・烏丸の身を半分だけ鞘より浮かせる。
斬りつけるのではなくて、半端にあらわとなった刀身を相手の腕にぐっと押し当て、わずかに擦るような仕草。
これだけでたちまち肌が裂けて、奥より赤い玉がぷつぷつと湧いてくる。
傷は浅く肉や筋は無事。痛みもさほどではなく、きれいに縫えばきっと跡も残るまい。
だが見た目だけは派手にて、真っ赤っか。
驚いたのはそんな傷をつけられた相手の男。
「ひえぇぇっ」
情けない悲鳴をあげ、匕首を取り落とす。自分の着物の袖が赤く染まっていくのを前にして、すっかり気が動転。
寸の間、みなの視線がその赤に釘付けとなった。
この隙に急ぎその場をあとにする藤士郎。
◇
「ちくしょう、あの野郎どこへ行きやがった」
「こっちにはいねえ。向こうを探せ」
どたどたどたと足音がやかましい。
溝板を踏み鳴らし追ってくる破落戸ども。
しつこい連中にて相手をしていたらきりがない。
ひたすら逃げる藤士郎。けれども盛り場は細い路地が入り組んでおり、暗がりも多く、土地勘がない者にはまるで迷路のような場所。地の利は向こうにあり。
このままでは危うい。じきに逃げ道を塞がれて袋の鼠となりかねない。
走り続けるうちに辻へと出たところで、はたと立ち止まった藤士郎。編み笠の内で「さてもややこしい。どちらに進めばいいものやら」
だがそのときのことであった。
不意に物陰より声がかかる。
「だんな、こちらへ。さぁ、おはやく」
袖をひく者。
てっきり自分に張り付いてくれている、奉行所の手の者かとおもいきや、ちがった。
身なりこそは町人だが、浮かべた笑みがどこか嘘臭く、奇妙な空気をまとった油断ならぬ奴。男は勝三と名乗った。
「さきほどの大立ち回り、拝見させてもらいましたよ。いやはや、ずいぶんとお強い。ばったばったと男どもを投げ飛ばす姿のなんと爽快なこと。ところでちょいと気になったんですが、失礼ながら、お腰に脇差しのみを二本も差していらっしゃるのは、いったいどういった理由で? なんでしたらご用立ていたしますが……。
えっ、小太刀のみを扱う流派なのですか? ほうほう、それはまた珍しい。
おっと、こうしちゃいられない。ぐずぐずしていたらすぐに連中に嗅ぎつけられてしまいます。ここの裏の掘端にあっしの小舟を浮かべてありますので、よろしければ」
逃がすのを手助けするかわりに、ちょいと自分の話を聞いてほしい。けっして損になる話じゃないので是非に、と持ちかけてくる勝三。
どうやらようやく獲物が餌に喰いついたようである。
ここ数日、左馬之助に言われるまま、あちこちの盛り場をうろついては、無駄に暴れたかいがあったというもの。
けれどもここで問題がひとつ。
それは奉行所の手の者が、ちゃんとついてこられるのかということ。
「う~ん、見失わなければいいんだけど。どうにも怪しいよなぁ。こういった場合のことを相談しておかなかったのは、とんだしくじりだよ」
藤士郎はぶつくさ独り言。
その様子に勝三が「だんな、どうかしやしたか?」と訝しげ。
慌てて藤士郎は態度を取り繕いつつ、「な、なんでもない。それよりもわかった。ではご厚意に甘えるとしようか」と鷹揚に返事をした。
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