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其の七 猫告げ
しおりを挟む世にも珍妙なる付喪神の仇討ち。
なし崩しにそいつを手伝うことになった九坂藤士郎。
だが、肝心の仇の行方が皆目わからぬ。
伽耶次郎が道場にきてから、早や五日が過ぎようとしていた。
定廻り同心をしている近藤左馬之助が懸命に事件について調べてはいるものの、いまのところ、目ぼしい成果はあがっていない。
こちらが知り得たことを教えてやれればいいのだが、事情が事情ゆえにそうもいかず……。
気の毒なのが妖刀に斬られて亡くなった山本宗吾。
ついには引き取り手がないままに、無縁仏として回向院に葬られてしまった。
田沼家は動かず。事が公になるのを厭うてか、あるいはたんに彼の御仁が討たれたことを知らぬせいなのかはわからないが、なんとも憐れな末路。故人もさぞや無念のことであろう。
そしてこのぞんざいな扱いに、伽耶次郎は悔し涙にて地団駄を踏む。
「これが身命を賭して忠義を尽くした者に対する仕打ちか! ひどすぎる、あんまりだっ!」
とはいえ、ここでいたずらに騒ぎたててもしようがない。
すべては仇を討つまでの辛抱。大願成就の暁には、きっと浮かぶ瀬もあろう。
そう藤士郎より諭されて、ぐっと涙をこらえる次郎こそが健気であった。
◇
さらに三日が過ぎるも朗報は届かず。
意気込み虚しく、すっかり手持ち無沙汰となった次郎は、道場で弟子の真似事をしたり、母志乃の家事手伝いをしては気を紛らわせている。
「さて、どうしたものやら。この大江戸八百八町、当てもなく探しまわったとて、そうそう都合よくは見つからぬだろうし。いっそのこと投げ文でもして、左馬之助に春日部高綱のことを教えてやろうか。でも田沼家の元用人だとわかったら、それはそれでやりにくくなるだろうし、いらぬ横槍が入るやも。預かりちがいとなれば町奉行所は手が出せなくなるから、かえって身動きがとれなくなるかしら? う~ん」
縁側にて愛用の小太刀の手入れをしつつ、藤士郎はぶつぶつ独り言。
すると庭の躑躅(つつじ)の繁みががさり。
「にゃあご」
奥から姿をみせたのは銅鑼。
でっぷり猫が告げる。
「おい、藤士郎、すぐにおみつのところへ行け。なにやら奇っ怪な卦が出ておる」
おみつとは、道場からほど近いところにある知念寺、そこの門前通りにある茶屋の看板娘のこと。茶屋の老店主がこさえるみたらし団子は絶品にて、そんな祖父を手伝っている孫娘のおみつが真心込めて淹れる茶もまた薫り高く美味。
浮世絵に描かれる美人たちのように垢ぬけてこそはいないが、笑顔が愛らしく気立てのいい評判の孝行娘。
銅鑼はそんな彼女の身に何かよからぬことが起きるという。
人語を解する銅鑼は、もちろんただの猫ではない。
そのせいなのか、ときおりこのような予言めいたお告げをしてくることがある。
ではどうして九坂家の猫が、茶屋の看板娘のことを気にかけているのかというと、それは散歩の途中に立ち寄っては、ちょくちょくお八つを恵んでもらっているから。
「あの娘になにかあったら、おれの愉しみが減る。だからちょっくら様子をみてこい」
横柄に命じる銅鑼。この食いしん坊猫め。どうせならばその神通力でもって、妖刀の行方も占ってくれればいいものを。
知った以上は見過ごすわけにもいかず。藤士郎はすぐに腰をあげる。小太刀片手に屋敷の壁を抜けるなり、着物の裾をまくっては「えいや」と走り出す。いっきに坂をくだり急ぎ茶屋へと向かった。
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