狐侍こんこんちき

月芝

文字の大きさ
上 下
7 / 483

其の七 猫告げ

しおりを挟む
 
 世にも珍妙なる付喪神の仇討ち。
 なし崩しにそいつを手伝うことになった九坂藤士郎。
 だが、肝心の仇の行方が皆目わからぬ。
 伽耶次郎が道場にきてから、早や五日が過ぎようとしていた。
 定廻り同心をしている近藤左馬之助が懸命に事件について調べてはいるものの、いまのところ、目ぼしい成果はあがっていない。
 こちらが知り得たことを教えてやれればいいのだが、事情が事情ゆえにそうもいかず……。

 気の毒なのが妖刀に斬られて亡くなった山本宗吾。
 ついには引き取り手がないままに、無縁仏として回向院に葬られてしまった。
 田沼家は動かず。事が公になるのを厭うてか、あるいはたんに彼の御仁が討たれたことを知らぬせいなのかはわからないが、なんとも憐れな末路。故人もさぞや無念のことであろう。
 そしてこのぞんざいな扱いに、伽耶次郎は悔し涙にて地団駄を踏む。

「これが身命を賭して忠義を尽くした者に対する仕打ちか! ひどすぎる、あんまりだっ!」

 とはいえ、ここでいたずらに騒ぎたててもしようがない。
 すべては仇を討つまでの辛抱。大願成就の暁には、きっと浮かぶ瀬もあろう。
 そう藤士郎より諭されて、ぐっと涙をこらえる次郎こそが健気であった。

  ◇

 さらに三日が過ぎるも朗報は届かず。
 意気込み虚しく、すっかり手持ち無沙汰となった次郎は、道場で弟子の真似事をしたり、母志乃の家事手伝いをしては気を紛らわせている。

「さて、どうしたものやら。この大江戸八百八町、当てもなく探しまわったとて、そうそう都合よくは見つからぬだろうし。いっそのこと投げ文でもして、左馬之助に春日部高綱のことを教えてやろうか。でも田沼家の元用人だとわかったら、それはそれでやりにくくなるだろうし、いらぬ横槍が入るやも。預かりちがいとなれば町奉行所は手が出せなくなるから、かえって身動きがとれなくなるかしら? う~ん」

 縁側にて愛用の小太刀の手入れをしつつ、藤士郎はぶつぶつ独り言。
 すると庭の躑躅(つつじ)の繁みががさり。

「にゃあご」

 奥から姿をみせたのは銅鑼。
 でっぷり猫が告げる。

「おい、藤士郎、すぐにおみつのところへ行け。なにやら奇っ怪な卦が出ておる」

 おみつとは、道場からほど近いところにある知念寺、そこの門前通りにある茶屋の看板娘のこと。茶屋の老店主がこさえるみたらし団子は絶品にて、そんな祖父を手伝っている孫娘のおみつが真心込めて淹れる茶もまた薫り高く美味。
 浮世絵に描かれる美人たちのように垢ぬけてこそはいないが、笑顔が愛らしく気立てのいい評判の孝行娘。
 銅鑼はそんな彼女の身に何かよからぬことが起きるという。

 人語を解する銅鑼は、もちろんただの猫ではない。
 そのせいなのか、ときおりこのような予言めいたお告げをしてくることがある。
 ではどうして九坂家の猫が、茶屋の看板娘のことを気にかけているのかというと、それは散歩の途中に立ち寄っては、ちょくちょくお八つを恵んでもらっているから。

「あの娘になにかあったら、おれの愉しみが減る。だからちょっくら様子をみてこい」

 横柄に命じる銅鑼。この食いしん坊猫め。どうせならばその神通力でもって、妖刀の行方も占ってくれればいいものを。
 知った以上は見過ごすわけにもいかず。藤士郎はすぐに腰をあげる。小太刀片手に屋敷の壁を抜けるなり、着物の裾をまくっては「えいや」と走り出す。いっきに坂をくだり急ぎ茶屋へと向かった。


しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

御様御用、白雪

月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。 首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。 人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。 それは剣の道にあらず。 剣術にあらず。 しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。 まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。 脈々と受け継がれた狂気の血と技。 その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、 ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。 斬って、斬って、斬って。 ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。 幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。 そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。 あったのは斬る者と斬られる者。 ただそれだけ。

ふたりの旅路

三矢由巳
歴史・時代
第三章開始しました。以下は第一章のあらすじです。 志緒(しお)のいいなずけ駒井幸之助は文武両道に秀でた明るく心優しい青年だった。祝言を三カ月後に控え幸之助が急死した。幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされた志緒と駒井家の人々。一周忌の後、家の存続のため駒井家は遠縁の山中家から源治郎を養子に迎えることに。志緒は源治郎と幸之助の妹佐江が結婚すると思っていたが、駒井家の人々は志緒に嫁に来て欲しいと言う。 無口で何を考えているかわからない源治郎との結婚に不安を感じる志緒。果たしてふたりの運命は……。

野槌は村を包囲する

川獺右端
歴史・時代
朱矢の村外れ、地蔵堂の向こうの野原に、妖怪野槌が大量発生した。 村人が何人も食われ、庄屋は村一番の怠け者の吉四六を城下へ送り、妖怪退治のお侍様方に退治に来て貰うように要請するのだが。

剣客居酒屋 草間の陰

松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

散らない桜

戸影絵麻
歴史・時代
 終戦直後。三流新聞社の記者、春野うずらのもとにもちこまれたのは、特攻兵の遺した奇妙な手記だった。

処理中です...