狐侍こんこんちき

月芝

文字の大きさ
上 下
6 / 483

其の六 付喪神の兄弟 後編

しおりを挟む
 
 闇にまぎれてつけてくる者がいることに気づいた春日部高綱。
 知らぬふりにてしばらく様子をみる。背後の相手の足運びから並みの遣い手ではないと悟り、その先の路地へさっと身を隠すと、すぐに手にしていた提灯の明かりを消した。
 壁際に寄り影溜まりに身を投じつつ、闇の底にて静かに抜いたのは妖刀血潮。
 息を殺し耳を澄ます。
 じょじょに近づいてくる足音。
 間隔が短い。どうやら見失ったと焦り小走りをしているようだ。
 春日部高綱はしめしめと舌なめずり。
 追いかけてくる輩を待ち伏せる。角を曲がってきたところを出会いがしらに突き殺さんと目論む。
 そうとは知らぬ相手の命は、もはや風前の灯火。
 けれどもそうはならなかった。
 とっさに襲われた側が身をよじって、春日部高綱の剣をかわしたのである。
 狙いすました一刀。よもやかわされるとは考えていなかった春日部高綱に、わずかながらに動揺が生じる。その隙に相手は大小を抜き、すかさず体勢を整えた。

 かくしてはじまった二天一流と小野派一刀流の戦い。
 白刃が閃き、剣戟が鳴り響く。
 気合いもろともに激しく攻めたてる春日部高綱。一見すると押しているようにみえて、その顔には次第に焦りの色が濃くなっている。それもそのはずだ。放つ必殺の刃、そのことごとくが山本宗吾の大小によって巧みに防がれるのだから。
 一方で山本宗吾にはわずかながらに余裕があった。
 なにせ二天一流はあまり世間に知られていない。ゆえに実際に対峙する機会は極めて稀。けれども遣い手の方は、他の流派と剣を交える機会にはこと欠かない。
 だから小野派一刀流が「切り落とし」などの技にて、後の先を得意とすることもわかっているので、山本宗吾は不用意に己から仕掛けたりはせず。じっと好機をうかがう。

 このままで埒が明かない。
 それどころかあまり長引けば、夜回りなんぞに嗅ぎつけられるやもしれぬ。
 いよいよ焦りが募る春日部高綱。そのとき手の中にある妖刀がドクンと脈打ち囁いた。

「なにを臆することがあろうか。おぬしには我が憑いておる。かまわぬ。おもいきり上段から振りかぶれ。叩き斬ってやろうぞ」

 その声に操られるようにして、刀を頭上高くに構えた春日部高綱。掛け声もろとも体からぶつかるようにして剣を振るう。
 袈裟懸けにせんと迫る凶刃。
 それをはっしと受け止めたのは山本宗吾。大小を重ねての十字受け。
 ぎちりぎちり、刀同士がぶつかり鳴いての鍔迫り合い。
 このままいっきに押し込まんとする春日部高綱。
 させじと山本宗吾が踏ん張る。
 もしもこれが真っ当な剣客同士の戦いであれば、頃合いをみて山本宗吾が春日部高綱の剣をいなして、脇差しにて懐を抉っていたはず。
 だがこのとき、春日部高綱の両目に妖しい光芒が宿り、急にその身が膨らんだ。ひょうしに圧力がぐんと増す。
 それでもなお耐えていられたのは、山本宗吾の鍛えあげた強靭な足腰があったればこそ。
 けれどもこのときおもわぬ不運が山本宗吾を襲う。

 ぴしり、不穏な音。

 兄弟刀、兄の伽耶一郎の身にひびが!
 これこそが山本宗吾と春日部高綱の勝敗を分けた、いまひとつのこと。
 いかに達人とて、得物が壊れてはいかんともしがたく。

「あ、兄者っ!」
「ぐっ、このままでは……次郎、せめてお前だけでも逃げろっ!」

 妖刀血潮が宿主である春日部高綱の喉を通じて「けらけら」と高笑い。
 狂った嬌声をあげながら伽耶一郎の刀身を砕き、もろとも山本宗吾の身を深々と斬り伏せる。
 弟次郎もあわや、ともに折られて果てるところであったのを、兄が身を呈してかばってくれた。
 斬られた際に、はずみで放り出された脇差し。
 目の前で主人と兄を一度に失った次郎は声にならない悲鳴をあげた。あまりのことに心が耐えかね、ここでいったん意識が途切れる。

 どれほど気を失っていたのかはわからない。
 目覚めると辺りにはすでに凶賊の姿はなく、残されてあったのは地面の血だまりばかり。

「兄者、兄者ーっ!」

 いくら呼ぼうとも返事はなし。
 子どもの姿となった次郎。絶望に打ちひしがれ、夜のしじまにひとり残された付喪神の嘆きが木霊する。

  ◇

「ぐすん……」

 子どもの姿をした伽耶次郎なる脇差しの付喪神。
 その口より語られる身の上話に涙を浮かべたのは、幽霊の母志乃。

「とっさに弟を庇うたぁ、やるじゃねえか。漢だな、伽耶一郎」

 感心し「へへっ」と鼻をすするのは、銅鑼。
 日頃はぶっきらぼうなくせして、案外、この手の人情話に弱かったりするでっぷり猫。
 でも藤士郎は「はぁ、そうくるのかい」と嘆息。
 ここにきてふたつがひとつに繋がった。
 たぶん昨日、お堀に浮かんでいた仏さんこそが、兄弟刀のご主人さまなのであろう。

「ところで次郎さん、つかぬことをたずねますけど、あなたのご主人さまは、いったいどこの御家中の方で?」
「あっ、はい。田沼さまです」
「…………。えーと、すまないね。悪いけどもう一度言ってくれるかな」
「ですから田沼さまですよ。ご老中の田沼意次さま」

 藤士郎の目が点となった。
 ご主人さまの仇討ちにして、無惨に手折られた兄刀の仇討ちでもあり、それを願うのは付喪神の弟刀。でもって討つべき相手は痴れ者なのだが、手にした妖刀こそが仇の本命だったりする。そして実際に仇討ちを実行するのは次郎ではなくて、次郎を手にした者となるから、それすなわち矢面に立たされるのは自分ということになるわけで……。
 ただでさえややこしい話。
 なのに、さらにとんでもない御方までもが絡んでくるだなんて。

「しかし、よりにもよって田沼の殿さまのところか。こいつはまいったなぁ」

 じつは個人的にもいささか因縁のある相手。
 藤士郎は頭を抱えずにはいられない。


しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

【完結】月よりきれい

悠井すみれ
歴史・時代
 職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。  清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。  純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。 嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。 第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。 表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)
歴史・時代
15世紀、狂王と淫妃の間に生まれた10番目の子が王位を継ぐとは誰も予想しなかった。兄王子の連続死で、不遇な王子は14歳で王太子となり、没落する王国を背負って死と血にまみれた運命をたどる。「恩人ジャンヌ・ダルクを見捨てた暗愚」と貶される一方で、「建国以来、戦乱の絶えなかった王国にはじめて平和と正義と秩序をもたらした名君」と評価されるフランス王シャルル七世の少年時代の物語。 歴史に残された記述と、筆者が受け継いだ記憶をもとに脚色したフィクションです。 【カクヨムコン7中間選考通過】【アルファポリス第7回歴史・時代小説大賞、読者投票4位】【講談社レジェンド賞最終選考作】 ※表紙絵は離雨RIU(@re_hirame)様からいただいたファンアートを使わせていただいてます。 ※重複投稿しています。 カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/16816927859447599614 小説家になろう:https://ncode.syosetu.com/n9199ey/

武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり

もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。 海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。 無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

処理中です...