狐侍こんこんちき

月芝

文字の大きさ
上 下
5 / 483

其の五 付喪神の兄弟 前編

しおりを挟む
 
 とある名工により世に産み落とされた兄弟刀。
 刀の兄を伽耶一郎(かやいちろう)。
 脇差しの弟を伽耶次郎(かやじろう)といった。
 兄弟はたいそう仲睦まじく、つねにいっしょ。
 代々の持ち主に恵まれて、大小が離ればなれになることもなく、そろって付喪神となれた。
 そんな兄弟に転機がおとずれる。

 現在の持ち主である山本宗吾(やまもとそうご)が、主君より直々に密命を受けてさる人物を捜すことになった。
 人物の名は春日部高綱(かすかべたかつな)。
 この男、小野派一刀流免許皆伝にて、剣の腕は優れていたが性格に難あり。己の腕を鼻にかけての言動が目に余る。見かねた上役が叱責するも、態度をあらためることはなかった。それどころかますます酷くなり、ついにはつまらぬ諍いから同僚相手に刃傷沙汰を起こし、不行跡にてお役御免となる。
 するとこれを逆恨み。あろうことか主家の屋敷の宝物庫から、金子と刀をひと振り盗んで出奔してしまった。

 とんだ痴れ者。お家の恥である。
 しかしこれだけであれば、わりと世間には似たような話が転がっている。
 問題は春日部高綱が持ち出した品にこそあった。
 いわくつきの妖刀。桐の箱に納めて厳重に封をしてあったのが、痴れ者の曇り眼には、かえって貴重品に映ってしまったのだろう。
 盗まれた妖刀、銘を「血潮」という。
 歴代の持ち主たちはみな気狂いとなり、血生臭い事件を起こしては悲惨な末路を遂げている。
 たまさか奇縁を辿って当家へと流れてきた品。ゆくゆくは寺に持っていき手厚く供養するつもりであったのだが……。

「どうにも胸騒ぎがする。何かよからぬことが起きてからでは遅い。早急に、春日部の身柄を抑えて盗まれた刀を取り戻せ」

 主君の命を受けて、すぐさま家臣らは江戸市中へと散った。
 そのかいもあり、首尾よく春日部高綱を発見。郊外のあばら家に追い詰めたものの、いざ囲んでの捕縛の段になって、春日部高綱がついに妖刀を抜いてしまう。
 もとより優れた遣い手であった春日部高綱。それが妖刀を手にしたことで剣鬼に化けた。
 妖刀が閃き血風が舞う。絶叫が闇を裂く。
 瞬く間に五人もの武士を斬り伏せた春日部高綱は、勢いのままに包囲を破って遁走。
 させじと追いかけた剛の者らもいたが、そのことごとくが斬り伏せられ、道端に骸をさらすことになる。
 かくして無残な結果となり、この夜に失われし命は十三にもおよんだ。

  ◇

 よかれとおもっての行動が裏目にでる。
 危惧していたことが現実となってしまった。
 こうなればさらなる人数でもって、いっきに片をつけたいところ。だがしかし、江戸市中では無闇に徒党を組むことが禁じられている。もしも公儀に見咎められれば、きっとただではすむまい。
 数は頼みにできない。
 なにより並みの遣い手では返り討ちにされてしまう。
 そこで悩んだ末に、主君が白羽の矢を立てたのが山本宗吾。
 彼は珍しい剣の遣い手。おさめた流派は二天一流なるもの。かの剣豪宮本武蔵を祖とし、大小の二刀を太鼓の枹(ばち)のように振るって戦う。他の流派とは一線を画した独特の構えゆえに、いささか奇異に映るものの、その守りは堅牢にて実力は家中でも指折りの猛者。山本宗吾の二刀をかいくぐって一本入れるのは至難と、もっぱらの評判の人物であった。
 だからこそ後事を託したのだが、そんな実力者の山本宗吾をもってしても春日部高綱を仕留めることはかなわなかった。

 いざ、刃を交えたとき。
 剣の腕だけならばたしかに山本宗吾の方が勝っていた。
 けれどもふたりが対峙した時点で、人を斬った数には相当の差があった。妖刀血潮は存分に生き血を啜り、魂を喰らい、封じられていた間に衰えた力を回復しつつあったのだ。
 剣客同士の戦いではない。
 剣客と妖刀に憑かれた人斬りとの戦い。
 そのことにまで考えが及ばなかったのが敗因のひとつ。
 そしていまひとつは……。 


しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

渡世人飛脚旅(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)

牛馬走
歴史・時代
(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)水呑百姓の平太は、体の不自由な祖母を養いながら、未来に希望を持てずに生きていた。平太は、賭場で無宿(浪人)を鮮やかに斃す。その折、親分に渡世人飛脚に誘われる。渡世人飛脚とは、あちこちを歩き回る渡世人を利用した闇の運送業のことを云う――

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

浅葱色の桜 ―堀川通花屋町下ル

初音
歴史・時代
新選組内外の諜報活動を行う諸士調役兼監察。その頭をつとめるのは、隊内唯一の女隊士だった。 義弟の近藤勇らと上洛して早2年。主人公・さくらの活躍はまだまだ続く……! 『浅葱色の桜』https://www.alphapolis.co.jp/novel/32482980/787215527 の続編となりますが、前作を読んでいなくても大丈夫な作りにはしています。前作未読の方もぜひ。 ※時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦組みを推奨しています。行間を詰めてありますので横組みだと読みづらいかもしれませんが、ご了承ください。 ※あくまでフィクションです。実際の人物、事件には関係ありません。

薙刀姫の純情 富田信高とその妻

もず りょう
歴史・時代
関ヶ原合戦を目前に控えた慶長五年(一六〇〇)八月、伊勢国安濃津城は西軍に包囲され、絶体絶命の状況に追い込まれていた。城主富田信高は「ほうけ者」と仇名されるほどに茫洋として、掴みどころのない若者。いくさの経験もほとんどない。はたして彼はこの窮地をどのようにして切り抜けるのか――。 華々しく活躍する女武者の伝説を主題とし、乱世に取り残された武将、取り残されまいと足掻く武将など多士済々な登場人物が織り成す一大戦国絵巻、ここに開幕!

処理中です...