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072 舞台
しおりを挟む温和な仮面を脱いで、正体をあらわしたフェンホアが牙をむく。
突然の展開にわけが分からず、観客たちはざわざわオロオロ。
なおこれだけの騒ぎになっているというのに、警備の連中にまったく動きがない。
そこいらに配置され潜んでいたはずの影たちや、あれだけ大口を叩いていた八武仙筆頭のクムガンも姿を見せない。
うーむ、これは……。どうやら、あちこちにて同時に仕掛けられているみたいだね。こりゃあ一服盛られたか?
なにせ神聖ユモ国は長いこと戦争をしていないからね。
平和ボケした国と現役バリバリの侵略国家の手先。個々の武勇では劣らずとも、それ以外のところでは想像以上に水をあけられているのかも。
あげくに手引きをしていた人物が、よもやの八武仙の一雄。
がっつり中枢の人間にて、会場の構造から警備体制、人員配置、罠やら捕縛の手筈なんかもすべて把握している。情報筒抜けにて丸裸。こんなもの、はなから勝負になりやしない。
フム。まいった。
ケガ人相手に躊躇する甘ちゃんの弟子とはちがって、師匠の方はやることが徹底していやがる。
◇
天剣(アマノツルギ)と剣の母を手土産に、海を渡ってレイナン帝国へと亡命。
新天地にて人生をやり直す。
ついでに自分の想い人を奪った相手にひと泡吹かせ、後ろ足で砂をかけまくって、ざまぁ。
と、いったところかしらん。
まさかこんな流れで初めて海を見るハメになろうとは……。
現時点でわたしに打開策はない。
なにせわたしの才芽は戦闘力皆無だからね。
そして相手は八武仙の一人。この国最高峰の武辺者。
自惚れまくりにて油断しまくりの、なんちゃって自称勇者グアンリーとは、明らかに格がちがう。
かといって、まんまと言いなりになるのも少々シャクである。
そこでわたしはささやかな抵抗を試みることにした。
「わかったわかった。降参するよ、フェンホアさん。ところで訊きたいんだけど、さっき言ってた『第二計画』って何のこと? 第二ってことはもしかして『第一』もあったりするの?」
カッコイイことを言ったけど、とどのつまりは会話による時間稼ぎである。
なにせ諦めたらそこでしまいだからね。せいぜい引き延ばして、なにかいい考えが浮かんだらもうけもの。もしくは誰か助けてちょうだい!
すると、ニヤリと笑みを浮かべたフェンホア。
細い目の奥はちっとも笑ってない。それどころか鋭いままにて、こちらに不審な動きあらば即座にといった感じ。
彼の態度と表情からして、わたしの意図には気づいているみたいだけれども、余裕ゆえか「いいだろう、教えてあげよう」とあえて話に乗ってきた。
そして彼の口より語られたのは、今回の計画の大まかな流れ。
第一計画。
勇者の才芽を持つグアンリーが優勝して、まんまと勇者のつるぎを手にいれたあかつきには、フェンホアの手引きにて帝国へと走る。
じつはグアンリーを市井より見出し、彼と第一妃シンシャの派閥との仲をとりもったのは、誰あろうフェンホア。グアンリーもまた彼の手駒のひとつであったのだ。
第二計画。
自分の弟子であるコォンが優勝した場合も、おおまかな筋は第一計画と同じ。
第二妃メノウの派閥に近づいて、弟子を売り込んだのはもちろんフェンホア。
つまり彼は両陣営に深く喰い込んでおり、かつ双方の信頼を得てずっとうまく立ち回っていたというわけ。
互いがともにフェンホアは自分の味方との認識。
第一妃は第二妃の近くにて殊勝な態度でかしずくコォンの姿を見て、「しめしめ」とほくそ笑み、第二妃もまた得意げに勇者の才芽持ちグアンリーをはべらしている第一妃を見て、「しめしめ」とほくそ笑む。
よもやそれらがすべてフェンホアの謀略とも気づかずに。
加えて皇(スメラギ)側もまた、ずっと彼に欺かれていた。
さすがに厳選を重ね、自らじきじきに任命した八武仙が裏切り者とは考えなかった。
そこにつけ込み忠臣を演じ続けて、これまたまんまと信頼を得たフェンホア。
こうして三重の間諜という立場を得てからは、情報や印象操作、思考誘導、ときに時間稼ぎ……。これまで貯めに貯めた信用を、ここにきて惜しげもなく放出しつつ裏で暗躍。
自我を持つ天剣(アマノツルギ)の動きを封じるための準備が万端整ったところで、選定の儀を迎える。
◇
「けっこう苦労したけど、うまくいってよかったよ」
特に相貌を歪めることもなくフェンホアはこともなげにそう言ったが、話しを聞いてわたしは心底ゾッとした。全身の肌が粟立つのを止められない。
口で言うほど簡単なことじゃない。
第一妃、第二妃、皇、三つの陣営を同時に欺く。それも疑り深いを通り越して人間不信のような権力者らを相手にして、これをまとめて手玉にとるだなんて……。
あまりにも危うすぎる。まるで切れ味抜群の白刃の上を進むのか、もしくはクモの糸の上を歩く綱渡りのようなもの。
いったいどんな神経をしていたら、こんな芸当ができるのか?
主演、脚本、演出、すべてがフェンホアの手による状況。
なみなみならぬ執念、もしくは妄執の果てに公演へとこぎつけた復讐の舞台。
狂っている、まともじゃない。そう思った。
この人は正気じゃない。失くしたモノがあまりにも大き過ぎて、とっくの昔に壊れてしまっていたんだ。でも……。
彼のそんな気持ち。
わたしにも少しだけならわかる。
もしも愛妹カノンに何かあったら……。
きっとわたしは狂うだろう。影響を心配するあまり、なるべく行使を控えていた天剣のチカラを解放し、感情のままに暴走させることだろう。カノンのいなくなった世界に未練はない。
大切な人を失うとは、それぐらいにつらいこと。
しんみりしっとり。
なにやら場の空気がほどよく湿り気を帯びた。
ふつうならば同情を禁じ得ず、このままなし崩し的な展開もありうるのかもしれない。
もしもわたしが恋に恋するお年頃とかならば、「この人とってもかわいそう。自分が支えてあげたい」とか「せめて自分だけは彼の味方でいてあげよう」とか思っちゃうのかもしれない。
が、あいにくとチヨコはまだ十一歳。
生まれ育った環境もアレだったもので、色恋とはとんと縁がなかった。ぶっちゃけ初恋もまだである。あげくにいまは剣の母の呪いのせいで、運命の赤い糸が断たれまくりにつき、異性にときめくだけムダという状況下。
ゆえにソレはソレ、コレはコレ。
いくらこの男がかわいそうな人だとて、わたしが言いなりになってやるのはちがうだろう。
それにいい具合に時間稼ぎをしたおかげで、何やら事態が動き出しそうな気配がチラチラと……。
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