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050 名簿
しおりを挟む迎賓館を埋め尽くさんばかりに増殖していた荷がすっかりかたづいた。
シモロ地区の親分さんたちのおかげである。
当初は「与太話だ。とても信じられん」とこちらの申し出を疑う。
けれども酔狂な一人が「カモロ地区を冷やかしついでに、いっちょその剣の母さまとかいう小娘のツラを拝んでやろう」と足を運ぶ。
で、手紙にあった通りの宝物の山に腰を抜かす。
そこから先はとんとん拍子に話が進んだ。
親分たちがこぞって若い衆を引き連れて来訪。せっせと荷を運び出してくれたというわけ。
かくして、わたしは心の平穏を取り戻し、安眠快適にて一件落着。
とはいかないのが、複雑怪奇なこの世の中。
わたしがそのことを知るのは、数日を経てのことである。
◇
聖都滞在十三日目。快晴。
迎賓館の敷地内には立派な庭園があり、サクランの木がたくさん植えられている。
せっかくなのでその根元の芝生に布を広げて、わたしはミヤビやワガハイとくつろぎのひと時を過ごす。
皇(スメラギ)からの連絡はまだこない。
どうやらえらい人と庶民とでは、時間の概念にかなりのへだたりがあるようだ。
ちなみにお妃さまたちによる贈り物作戦はまだに続いている。
しかし以前ほどの勢いはない。いい加減に浪費がこたえたのか、商品の入手が困難になったのか。あるいはもらった品をはしからシモロ地区に放出されていることを耳にして、考えをあらためてくれたのかもしれない。
最悪怒鳴り込んでくるかもと、ひそかに身構えていたのだけれども、「それはない」とカルタさんが断言。
理由は「貴人は貴人ゆえに、高いところから低いところへと自ら足を運んだりはしない」から。
特に皇族ともなれば、よほどのことがないかぎりは住まいのあるナカノミヤから出てくることがないという。
だから文句を言うときには相手を呼びつける。
が、わたしはいささか特殊な立場。
仮にも皇がじきじきに招いた客。
主人を差し置いて、これに直接ちょっかいをかけるのは、いろいろマズイ。ご不興でも買おうものならば、次期皇位争いから一歩も二歩も後退することになってしまう。それでは本末転倒。
そういえば迎賓館でお世話になりはじめてから、貴族関係の来訪を受けたことが一度もない。
表立って動けない以上は、裏でこっそり。
などという動きすらもない。
フム。これすなわち、わたしは自分で考えているよりも、権威に守られているということか。
ありがたいけれども、どうせならばもうちょっとがんばって欲しかった。
そうすればあんないらぬ苦労をさせられることもなかったのに。
「にしても今日はいい天気だねえ」
白銀の大剣に「はぁ」と息を吹きかけ、柔らかな布で丹念に拭き拭き。
キラリとするまばゆい刀身に、わたしは目を細める。
「はい、チヨコ母さま。ひさしぶりの水入らずですわ」
ミヤビの最近のお気に入りは、こうやって剣の母に身を委ねること。
天剣(アマノツルギ)である彼女。とっても頑丈につき手入れは不要なのだが、だからとて放置していいわけではない。
見た目はカチカチでも中身は甘えたい盛りの女の子。
しっかりしているからと油断してはいけないのだ。
って、ポポの里のおばさま方が井戸端にてくっちゃべっていた。
どうやら子育てあるあるらしい。わりと世間には、これで我が子の育成をしくじった親が多いっぽい。
もしも非行に走られたら、とても手に負えそうにない。
だからわたしは油断すまいよ。
「太陽さんさん。ワガハイ、すくすく育つ。この分ではじきにムキムキ長身イケメンとなりて、夏色乙女の熱視線を独り占め」
単子葉植物の禍獣ワガハイ。その身をゆらゆらご機嫌にて、鉢植えがたわごとをほざいている。
わたしが見たところでは長身はともかく、ムキムキはムリっぽい気がする。
というか、現時点では草花であって木ですらない。そもそも元の正体がわからん。
なんでも聖都には古今東西の英知を集めた、図書院なる場所があるという。
個人的に興味があるし、許可がもらえるのならば一度足を運んで調べてみようかな。
◇
ゆったりのんびり、まったりしたやすらぎの時間。
それを破ったのは紅風旅団の団員たち。アズキとキナコとマロンの登場である。
女が寄ればかしましいとはよく言ったもので、彼女たちがあらわれたとたんに、場がいっきに騒がしく。
で、なにごとかと思いきや、いきなり「ドサリ」という重たい音。
目の前に置かれたのは分厚い冊子。
どれぐらいの厚さかというと、自立可能にて撲殺もしくは昏倒も余裕。
「えーと、なにこれ?」
たずねたら、アズキが「団員名簿だよ」と言った。
……おかしい。
紅風旅団は首領であるわたしことチヨコ、元首領で現副首領であるアズキ、構成員キナコとマロンの四人所帯だったはず。
よってわざわざ名簿をこさえるほどもない。
「いやぁ、まいったよ。今回の件ですっかり感服しちまった親分らが、こぞって入団したいって言いだして」
ニカッと笑顔を見せたひょうしに、キナコの入道雲のように盛りあがっている両肩が上下。
「……で、だったら自分たちもと、子分どもがまとめてわんさか」
マロンが親指と人差し指の間の筋肉をもみほぐしつつ「名簿の整理がたいへん」とグチるも、満更でもなさそう。
フム。ちょっと何を言っているのかよくわからない。
わけがわからずわたしの目が点となっていたら、アズキが教えてくれた。
シモロ地区に大量投入された資本。
「金は出すのに口は出さない」
なんていう条件につき、てっきり親分らが大半を懐に入れてチョロまかすのかと思いきや、主だった顔役の面々に一斉に配ったものだから、そういうわけにもいかなくなった。
相互監視に近い状況が発生。
日頃から「あそこの親分は男ぶりがよくて気風がいい」だの「むこうの親分はしみったれでイジがわるい」なんぞと比べられて、人々の口の端にのぼりやすい立場。
こうなるとケチくさい行動に走ったとたん、支持率が底なしに急落。
悪いウワサがあっという間にシモロ地区全域に広まり、信頼は失墜。求心力も消滅し、子分たちのみならず民衆からも総スカン。それどころか暴動を引き起こしボコボコにされて、次の日にはピ湖にうつ伏せでぷかり、となりかねない。
逆に上手くやれば地位は盤石となって、後世にまで長く語り継がれる大親分になれる。
ならばと、さっそく親分たちは自分の縄張りにて行動を開始。
あっちが威勢よく長屋を改築すれば、こっちは井戸を整え水回りをキレイにしたり、負けじとよそでは孤児院が新設という具合にて、そこかしこにて活気づくシモロ地区。
人、金、物、仕事……。
いろんなことがグリングリンと唸りをあげて回り出す。
これによってカモロ地区から垂れ流された富が、タモロ地区、シモロ地区へと行き渡り好循環をはじめる。
その過程で自然と市井にもれ伝わるのが、「この恵みの雨を降らせたのは誰?」という情報。
みんなの暮らしが豊かになるほどに、高まる剣の母もとい商公女の評判。
「こうなったらとことんつき合うぜ」「一生ついていきやす」「祭りに乗り遅れるなんてなぁ、聖都っ子の名折れよ」「恩義には身命をもって報いるべし」「ありがたやありがたや」
すっかり浮かれて興奮した人たち。
聞けば剣の母は紅風旅団の首領でもあるらしい。
ならば自分たちもこれに参じようとの気運が轟々。
「おかげで問い合わせがひっきりなしで、あたいらもてんてこ舞いさ」
胸をそらしフンスカ、鼻息も荒いアズキがとっても誇らしげ。「今日持ってきた名簿はごく一部だよ。とりあえず報告をしておこうかと思って。同じものがあと九冊あるから」
現在の紅風旅団の団員総数、二万八千九百六十六名!
この勢いだと、いずれはシモロ地区の住人のほとんどが参加することになりそうだと告げられて、わたしは「へー」としか答えようがない。
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