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047 伝書羽渡
しおりを挟むあきれられたついでに、わたしはカルタさんにお願いを持ちかける。
「ホランとカルタさんも好きなのを選んでね。で、つきましては連絡をとりたい相手がいるんだけど」
「連絡? 実家に手紙でも送るの」
「あー、それもなんだけど、じつは聖都に知り合いがいるから。ちょっと挨拶だけでもしておこうかとおもって」
わたしの言葉に「ふーん」とカルタさん。やや訝しげな表情を見せるも「まぁ、いいわ。そういうことなら、これを使いなさい」
差し出されたのは表面がツルツルしたキレイな長方形の紙の束。
装丁は役場の帳簿っぽい造りになっている。
「これは伝書羽渡(でんしょはと)。使い方はこうやって……」
紙に練炭筆にてさらさらと文字を書いたカルタさん。これを束からピリリと引き千切るなり、無造作に空へと放り投げる。
とたんに紙がぐにゃりと折れ曲がって、トリの形になったかとおもえばパタパタ羽ばたき、そのままスイーッと空を飛ぶ。
しばし宙を旋回したのちに、わたしの胸元へと滑空、ふわりと着地。はらりと折り目がほどけて元の紙へと戻る。
伝書羽渡は宮廷魔術師の呪が込められた特殊な紙(非売品)。
皇(スメラギ)に仕える影たちが使う連絡手段。手紙を書いて、届けたい相手のことを念じて飛ばせばご覧の通り。
理屈に関しては、魔素の流れをたどり、人の魂魄を探知し、空と大地の気を利用して浮遊うんぬんかんぬん。
カルタさんから説明を受けたが、わたしのオツムではよくわからなかった。。
まぁ、国内ならばこれでだいたいイケるらしいので、とっても便利な道具だということ。
なお値段はめっちゃ高い。「くれぐれも無駄遣いをしないように」とカルタさんより念を押される。
どれくらい高価なのかというと、伝書羽渡の紙一枚でミズル銀貨七枚分。
耳打ちされて、わたしはフッと気が遠くなった。
かつてポポの里を大挙して襲ったシロザルども。
その局部は滋養強壮の薬のいい素材になる。
ナニひとつでミズリ青銅貨五枚分の価値。
辺境ならば一ミズリ青銅貨で大きなお肉の晩ごはんが食べられる。五ミズリあれば豪華な宿に泊まれる。
十ミズリ青銅貨にて、一ミズル銀貨に相当。
七ミズル銀貨ともなれば、十四日も連泊できちゃうということ!
シロザルのナニ換算で十四本っ!
ちなみに渡された伝書羽渡の束は五十枚綴りで、数枚使用済みの品にて残りは四十四枚。
つまりこれだけでミズル銀貨三百八枚!
シロザルのナニに換算すると……。
なんと、六百十六本分っ!!
「いや、嬢ちゃん。どうしてかたくなにナニで換算をする」
心底イヤそうな顔をしたホラン。「うぷっ、せっかく忘れかけていたのに。あの夜の惨劇を思い出しちまったじゃねえか」
あっ、そういえば。
ホランがポポの里に滞在中、ちょっと気になっていたことがあったんだ。
それは外部との連絡手段。
影矛として剣の母の調査と警護にやってきたと言っていたけれども、報告の類をどうしているのかと、ずっとふしぎだったんだよねえ。
へー、なるほど。これでようやく合点がいったよ。
◇
みんなが宝探しに夢中になっているうちに、こっそり一筆したためたわたし。窓から伝書羽渡の紙を解き放つ。初めてなのでちょっとドキドキ。
「あぁ、七ミズル銀貨、シロザルのナニ十四本分が飛んでゆく……」
そう考えると、なかなか目が離せん。
宮廷魔術師さまの作ったという伝書羽渡。けっしてその性能を疑っているわけではないのだが、不安なものは不安なのだからしようがない。ちなみに感覚的には、自分の全財産が入った巾着袋を通りに投げ出しておくのに近い。
内心でそんなことを考えつつ、紙のトリがパタパタ飛んでいくのを見送っていたら、ミヤビが「チヨコ母さま、どちらへお手紙を出されたのですか」
「手紙の相手? 団員たちのところだよ。ヨト河で別れたきりだったから。ふだんは聖都の下町にいるって話だったし、いちおう紅風旅団の首領としては気にかけておかないとね。それにこの分だと旅の間と同じように、わたしはロクに動けそうにないから。いまのうちに外部との伝手を持っておきたい」
どうしてわたしがこんなことを考えているのか。
ひと言でいえば自己保身である。
聖都はわたしにとっては未知の領域。
第一妃と第二妃の派閥。それ以外にもナゾの第三勢力の存在もある。加えて皇(スメラギ)の意図もよくわからない。教育方針だか知らないが、自分の妻子たちが争うのを放置するとか意味不明。
そんな状況下において、辺境の生活にて培われたわたしの危機察知能力が、ずっとビンビン。
この先、どのような難事に巻き込まれるのかわかったものじゃない。
誰が敵で、誰が味方か。
誰を頼りとし、誰が信じられないのか。
それらを見極める必要がある。
ホランとカルタさんとは個人的にはかなり親しくなった。
けれども彼らは皇(スメラギ)に仕える影。
個人的な繋がりと公務が重なった場合、まちがいなく公務を優先するだろう。
それが宮仕えにて組織人、忠誠や忠義に生きる者たちなのだから。
ゆえにいくら親しくなろうとも、完全に心を許せる相手ではない。
その点、紅風旅団のアズキ、キナコ、マロンの三人は安心。
あれらは阿呆だ。それも愛すべき類の。
どこまでも一本気で、情にほだされ情に流される。ときに衝動のままに突き進む。義賊なんて生業を大真面目にやっていることからして、お世辞にもかしこい生き方はしていないし、きっとできない。
でも、だからこそ信じられる。
姉御肌のアズキは、懐に飛び込んできた窮鳥を絶対に見捨てられない性格だろう。そしてキナコとマロンは、そんな彼女をとても慕っている。
ヨト河での襲撃事件後に、ほんの少し接して言葉をかわしただけでも、それだけのことに確信が持てるほどの好女たち。
この三人と、ミヤビ、ワガハイが、現時点でのわたしの味方。
フム。これはかなり心許ない。
やはり早急に戦力を増強する必要があるね。
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