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037 賊
しおりを挟むポポの里を出て、早や二十日が過ぎようとしている。
なのに聖都への道はまだ半ば。
マジで使節団の行列、歩くの遅せえ!
あとカルタさんが、ここのところ超きびしいっ!
移動中の馬車にて延々と続く淑女教育。
はじめのうちは時間的な余裕もあってか、「しようがないわね。まぁ、気長にいきましょう」ってな感じだったのに、今では笑顔の奥に殺意が見え隠れしているよ。
ホランがわたしのあまりのダメっぷりに茶々を入れたら、即座に顔面にゲンコツが飛ぶほどにカルタさんはイラ立っている。
そして近頃ではガラムトまでもが「お願いですからちゃんとして!」と泣きつくようになってきた。
どうやら我関せずにて素知らぬ顔をしていたところ、カルタさんから「いざとなったら、あんたも道連れだからな」と脅されたらしい。
おかげでわたしは日々ウツウツしている。
で、ようやく街や都についたらついたで、宴会、宴会、また宴会。
気心の知れた者たちと卓を囲むからアレは楽しいのであって、欲望ギラつく油ぎった初対面のおっさんたちに群がられても、ちっとも楽しくない。せっかくのごちそうを前にしても、食欲の減退がいちじるしい。
そんなこともあって、今では毎晩寝室にこもってから、鉢植えの禍獣ワガハイと勇者のつるぎミヤビ相手に「つらい」とグチるのが日課になりつつある。
「……のわりには、ちーともやつれてはおらぬが。むしろお肌ツヤツヤ。これいかに?」
黄色い花のワガハイ、身をくねくねさせ矛盾を指摘。
「いや、食欲がないなりに、そこはしっかり食べているからね。なんといってもカラダが資本だよ。カラダが元気ならば、心はあとから勝手についてくるよ」
わたしは言った。「あと、ときおり浮かんでいるミヤビに乗って、ゆらゆら体幹を鍛えている」
おかげでこの頃、ちょっと腹筋が割れてきたと話したら、「聖都につくころには、きっとバッキバキですわ」とミヤビが請け負った。
◇
夜更け過ぎ。
ぐーすか寝ていたらミヤビに起こされた。
「チヨコ母さま。侵入者です」
寝ぼけまなこでむくりと起きたら、室内には黒装束にて覆面姿の三人組。
体つきからして、女性っぽい。
背の高い女とがっちりした女と小柄な女。
三人のうちの背の高い女が短刀をちらつかせて、「お嬢ちゃん、ケガをしたくなかったら、おとなしく勇者のつるぎを渡しな」
フム。どうやら彼女たちは押し込み強盗のようだ。
で、狙いは天剣(アマノツルギ)。
けれども当人ならぬ当剣は、現在、スコップの形にて、わたしの枕元に転がっている。
じつは勇者のつるぎが好んでスコップ状になっていることは、あまり外部には知られていない。だからこの賊たちも、よもやコレが自分たちの目当ての品だとは思いもよらなかったのだろう。
以上のことを踏まえて、わたしはこう答えた。
「勇者のつるぎ? それなら隣の部屋だよ。大切なモノだからって、とりあげられちゃったの。大人はみんな勝手だよ」
真っ赤なウソである。
隣の部屋には護衛役のホランが詰めている。
だから彼に丸投げすることにした。
あと、やっぱり子どもの夜更かしはよくないからね。
「じゃあ、そういうことで。おやすみなさい」
一方的に告げるとわたしはポフンと寝床に倒れ込む。
これには困惑を隠せない三人組。
「えっ、ちょ、ちょっと」
「ありゃりゃ、寝ちゃいましたよ。どうしやす? 姉御」
「……寝る子は育つ」
しばしヒソヒソ相談していた三人組。
寝ているわたしを放置して隣室へと向かう。
連中が部屋から出ていったところで、わたしはパチリと目を開け、寝たふりを解除。
「よろしかったのですの? チヨコ母さま」
「いいのいいの。たまには仕事をさせないとね。自称『影矛の中では上位の剣の腕』が鈍っちゃうだろうし」
「して、その真意は?」
口を挟んだのは、ずっとただの鉢植えのフリをして、自己保身に徹していたワガハイ。
わたしはアクビまじりに「あー、淑女教育にてカルタさんにいびられているのを見て、ゲラゲラ笑っていることへの意趣返し」と本音を吐露。
そんな会話をしていたら、隣室がざわつきはじめ、キンカンとの剣戟音が聞こえてきた。
けれどもここは上等な宿屋。壁は厚く、扉も厚く、天井も床も厚いので音があまり外部にもれることがない。
あの三人組の賊たちも、その辺のことを見越して侵入してきたのかもね。
じきに騒ぎに気づいて応援が駆けつけるだろうけれども、それまでがんばれホラン。
さて、では寝なおすとするか。
おやすみなさい。ぐぅ。
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