コカトリスの卵

月芝

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コカトリスの卵

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 広大な帝国の片隅にあった村に、一人のごうつくばりな老人がおりました。

 ことあるごとにガミガミと怒鳴り、何かあればすぐに文句や難クセをつけて、お金にも汚い。

 おかげで、この老人は、村一番の嫌われ者。

 そんな老人が唯一、心を許していたのが、彼が飼っていた雄のニワトリ。

 どこへ行くにも、この雄のニワトリを連れ歩く。

 そのヘンテコな姿が、村ではある種の名物ともなっておりました。

 ある夏の盛りのこと。

 村の二人の子どもたちが、日頃からなにかと疎ましいと思っていた老人を、ちょっと困らせてやろうと、イタズラをしかけます。

 それは老人の隙をみて、雄のニワトリの寝床にタマゴを一つ置いておくというもの。

 雄のニワトリがタマゴを産むはずがありません。

 だからこれを見た老人は、きっと驚いて腰を抜かすことだろうと、子どもたちは考えたのです。

 老人は庭先の縁台にて、陽気にまかせてうつらうつら。

 そのうちに、ニワトリの寝床となっているワラのベッドに、そっとタマゴを置く子どもたち。

 イタズラは見事に成功しました。

 タマゴを見つけた老人はビックリ仰天、「えらいこっちゃ」

 大さわぎをしながら家を飛び出していきます。

 その姿を物陰から見ていた子どもたちは、お腹を抱えて大笑い。

 ですが、事態は思わぬ方向へと向うことになります。



 世にも奇妙な出来事に驚いた老人。

 家を飛び出した足で、そのまま村に唯一ある太陽神ミトラを祀る神殿へと駆け込んだのです。

 そしてことの次第を神殿に仕える神官長に伝えます。

 すると老人の話を聞いた神官長の顔色は、みるみる青ざめていきました。

「おぉ、なんということだ。雄のニワトリが産んだタマゴ ……、それはきっとコカトリスのタマゴに違いない」

 神官長と老人のただごとではない様子に、その場にいた村人たちも騒然となります。

 コカトリス。

 それは雄のニワトリの体とヘビの尾をもつ姿をした怪物。

 瞳に睨まれるだけで、相手は石へと変えられてしまう。

 吐く息や体液は、天地を支えるほどの大樹ですらも、枯れてしまうほどの猛毒であり、その血が大地へと吸い込まれると、かの地は何十年もの間、ケガレがとれずにアリ一匹すらも近づけないようになるという。

 コカトリスなる怪物は、雄のニワトリが産んだタマゴよりかえると、いにしえより伝わる。

 神官長の口より語られる、世にもおぞましい怪物の伝承。

 これを聞くにつけ、ウワサはまたたく間に広がって、大人たちは右往左往。村中がパニックに陥りました。



 一方、騒ぎが自分たちのイタズラが原因だと知った子どもたち。

 大人たちの血走った眼と、あまりにも剣呑とした雰囲気を前にして、とても真実を口にすることが出来ません。「どうしよう……」とオロオロするばかり。

 そうこうするうちに、どう対処してよいのかわからない新官長や村人たちは、相談のうえ、この一帯を支配している地方統治官に助けを求めます。

 村人の訴えを聞いた統治官は、そんなバカなと思いつつも、わざわざ村を訪れました。

 すると老人の家から神殿へと移された、かのタマゴは台座の上に安置されており、なんともいえない異臭を放ちながら地方統治官を出迎えます。

 それもそのはず。夏の盛りのことですから、生タマゴが腐るのは当然のこと。

 ですが事前に、おどろおどろしい話をたっぷりと聞かされていた地方統治官は、そのタマゴをひと目見るなり、なにやらあやしい気配を感じ、すっかり尻込みしてしまいます。

 怯えて逃げ帰ってしまいました。



 ウワサは更なる尾ひれをつけて、またたく間に帝国全土へと広がることになり、ついにはときの皇帝の耳にまで届きました。

 日々の贅沢と遊興三昧な生活に、いささか飽きていた皇帝。

 この面白そうなウワサに飛びつきます。ただちに部下に命じました。

「そのコカトリスなる怪物のタマゴをこれへ」

 命令を受けた勇猛な武官は、多くの神官や部下たちを引きつれて村を訪問。

 目当ての品を割れないように丁重に扱いながら、皇帝の御前へと持ち帰ります。

 するとそのタマゴを見た皇帝は顔をしかめながら、「さもありなん」とうなづきました。

 それは彼が、今までに一度として目にしたこともない、ヘンな色味を帯び、この世のものとは思えぬ異臭を放っていたからです。

 正体はただの腐ったタマゴ。

 ですが生まれてこのかた、新鮮なタマゴにしか縁のない、恵まれた境遇の皇帝。
 ゆえに彼の目には、それは山海の珍味を知り尽くしている、自分ですらも知らない未知のタマゴに映ってしまいました。

 こうなるとただの腐ったタマゴは、さらにコカトリスのタマゴとしての信憑性を増すばかり。

 なにせ皇帝のお墨付きを得てしまったのですから。

 さて、ここで皇帝は逡巡します。

 もしもこんな物騒な怪物が誕生したら、都はとんでもない災厄に見舞われてしまいます。

 そこで誰かこの怪物を退治するモノはいないのかと、家臣たちに訊ねますが、誰一人として名乗りを挙げる者はおりませんでした。

 誰だって得たいの知れないモノにかかわりたくありません。

 なにせ相手は伝承にある死を運ぶ怪物。うっかりタマゴを潰して、どんな呪いが我が身に降りかかるか、わかったものではありませんから。

 屈強を誇る武官や、日頃は神の名の下にエラそうなことばかり言っている神官たちも、すっかり尻込みして、遠巻きに見守る有様。

 この事態にすっかり弱ってしまった皇帝は、ならばとタマゴを闘技場へと運ばせ、そこに飢えたライオンを解き放ちます。人の手に負えないのならば、ケモノにまかせてしまえと考えたのです。

 しかし獰猛な百獣の王ですらもが、タマゴには近づこうとはせずに、遠巻きにウロウロとしながら、低い唸り声をあげるばかり。

 仕舞いには、自分からスゴスゴと檻の中へと戻ってしまいました。

 なにせ腐ったタマゴですから、いくら飢えたライオンとはいえ、さすがにそれは相手にしません。

 ですがこの出来事は、都中に更なる衝撃を与えるには充分でした。



 いずれタマゴが割れると、大いなる災いが中から飛び出してくる。

 そんな妄想に怯えて、都から逃げ出す人々。はじめは一人二人でしたが、次第に数が増えていき、ついにはあちらこちらの街道が埋めつくされるほどに。

 こうなると、もう治世どころではありません。

 事態を重く考えた皇帝は、家臣たちに命じて都から遠く離れた、誰一人として住む者のいない荒れた地、その奥にある谷底に、コカトリスのタマゴを封印するための神殿を大急ぎで作らせました。

 全体を頑丈な大理石に覆われた、この神殿の奥深くへとコカトリスのタマゴを運び込むと、その入り口を固く封印し、神殿ごと谷を土砂で埋め尽くしてしまいました。

 なお封印された神殿の入り口の大理石の扉には、以下のような仰々しい文面が刻まれているとか。

「皇帝の御名において、ここにコカトリスを封印する。
 もし、かの怪物を解き放てば、世に大いなる災厄をもたらすゆえに、
 何人もこれを決して開けることなかれ」

 こうしてとある村の子どもたちのイタズラより始まって、帝国全土をも巻き込んだ騒動は幕を閉じることになりました。

 ただし、この物語にはちょっとした後日談があります。

 それはかのコカトリスのタマゴを産んだとされた雄のニワトリ。

 怯えて混乱した村人たちの手によって、殺されそうになったところを、あのイタズラをしかけた二人の子どもたちによって、命を救われたのです。

「殺せ! 殺せ!」 血相かえて息巻く大人たち。

 子どもたちは身をていして、雄のニワトリをかばいながら、こう叫ぶ。

「子が罪を犯したからといって、親まで罰せられるなんておかしいよ」

 雄のニワトリにしてみれば、まったくもって身に覚えのないこと。

 ですが日頃はイタズラばかりしている子どもたちが、真剣な顔をして、懸命に生命の尊さを訴える姿は、大人たちの良心を揺り動かしました。

 村一番の嫌われ者である自分が飼っていた雄のニワトリのために、そこまでしてくれる子どもたちの姿に、すっかり感激した老人。
 歓喜の涙を流しながら、彼らの優しい心根を褒め、自身のこれまでの行いを悔い、反省の言葉を口にする。

 この老人の心境の変化を前にして、神官長は、その場を納めるための妙案を出しました。

「たしかに命を粗末にしてはならん。だが解き放つのも不安が残る。
 ゆえにこの雄のニワトリは、今後、神殿にて預かろうかと思うが、
 みなのもの、どうであろうか?」

 神の加護の下で、預かってもらえるのならば、ひと安心だと納得する村人たち。

 こうして命拾いした雄のニワトリは、神殿にて丁重に扱われ、ずいぶんと長生きしたそうな。


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