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連載
其の九十 水神の贄
しおりを挟む人魚の呪いを解く方法を探す母娘の旅。
けっして楽ではなかったが、以前とはまるでちがう。
還るべき場所があり、待ってくれている夫もいる。成すべき目標もはっきりしており、なにより孤独ではないことが大きい。
旅の空の下、母は娘に出来うる限りの愛情を注ぎ、娘の比丘尼はそれを一身に受けてすくすくと育つ。
けれども母の決意とは裏腹に、なんら有力な情報を得られぬまま、一年過ぎ、二年過ぎ……。
気がつけば、はや十二年もの歳月が流れていた。
そんなときに風の噂で聞こえてきたのが、夫の住む地方がここのところの長雨続きにて、ひどい飢饉に襲われているという話。
場所によっては子が老いた親を捨てるばかりか、ひもじさのあまり親が子の肉を喰らうなんぞという恐ろしい話まで聞こえてくるではないか。
ときおり便りを出しては夫に娘の息災ぶりをしらせていた母。
ずいぶんと不義理を重ねていることだし、彼の身が心配でもある。だからいちど戻って娘の元気な姿を見せよう。長雨もひょっとしたら自分の力でなんとかなるかもしれないと考えた。
しかし、それがまちがいのもとであった。
◇
しとしと降り続ける雨。
長雨のせいですっかりぬかるんでいる地面を踏みしめ、先を急ぐ母娘。
山の麓にある里を抜ければ、夫の待つ山小屋まではあと少し。ようやく父に会えるとの喜びからか、気がはやるあまりうっかり足を滑らせて転んでしまったのは娘の比丘尼。
母はすぐに駆け寄り、「大丈夫、怪我はない?」と優しく声をかけながら、娘の頬についた泥を手ぬぐいで拭いてやる。
これにくすぐったそうに比丘尼は身をよじる。
「うん、だいじょうぶ。でも笠が……」
倒れたひょうしに比丘尼の頭からぬげた編笠。道を転がり水溜まりにぽちゃん。すっかり汚れてしまって、さすがにこれはかぶれそうにない。
そこで母は自分のを脱ぐと娘の頭にかぶせてやった。そして己は頭に手ぬぐいを巻いて頭巾とし「これでよし」とする。
仲良く手をとり、ふたたび歩きだした母娘。
よもやこの雨の中、母娘の様子を木陰よりじっとうかがっていた里の者がいようとは夢にも思わない。
「あのきれいな面……、まちがいねえ。あれはこのあいだの山崩れでおっ死んだ猟師のところの逃げた女房じゃねえのか。だが、あの女が出て行ったのはたしか十年以上も前だったはず。なのにちっとも変わっちゃいねえだなんて。これはいったい」
驚いた里の者がすぐさま駆け込んだのは里長のところであった。
◇
ようやく山小屋へと到着した母娘。
しかし小屋に灯りはなく、中は無人にて冷え冷えとしている。
積もった埃と淀んだ空気が、長らく誰も立ち入っていないことを示していた。
そのあり様にしばし呆然となった母娘ではあったが、とにもかくにも濡れそぼった身をどうにかせねばならない。
母はいそいそと火を起こす準備を整えつつ、「何があったのかは、明日にでも里の者にたずねてみるとしましょう。すまないけど、比丘尼、裏に行って薪をとってきておくれ」と頼む。
その言葉にうなづき小屋をでた娘であったが、すぐにあわてて引き返してきた。
「おっかさん、下からたくさんの人があがってくる」
里の男たちであった。ぞろぞろ連れだっては山道をのぼってくる。
その尋常ならざる気配を察して、母は娘の手を引きすぐに小屋を出た。
だがしかし雨はますます強くなるばかりで不慣れな山の中、多勢に無勢でもあり必死に逃げ惑うも、母娘はついには追い詰められてそろって虜となってしまう。
「どうしてこのような無体な真似をなさるのか!」
母が問えば里長は「かんにんしてくれ。こうするより他にないんじゃ」と繰り返すばかり。
そのうちに他の里の者がぽつぽつ語ったところでは、この一帯には長雨が続いておりすでに危機的状況に陥っている。
にっちもさっちもいかなくなったのが一帯を治める殿さま。
お抱えの占い師に策を問えば「これは水神さまの祟りじゃ、すぐに堤に贄を捧げねば、この地のすべてが水浸しになるであろう」とのお告げを授かる。
そうなると今度はだれを人身御供にするかという問題が持ち上がる。
そこで領内にある里の長たちが集められてクジを引くことになった。
当たった者は自分の里から女子をふたり差し出すこと。
このクジに当たってしまったのが比丘尼たちを捕えさせた里長であった。
里にはちょうどいい年頃の娘がふたりいた。
ひとりは里長の娘だが、すでに隣村の庄屋のところに輿入れが決まっている。
いまひとりは馬飼いの頭領の娘にて、こちらは器量良しゆえに里の若い者らから人気が高かった。
里が誇る二輪の花が無惨にも手折られる寸前、のこのことあらわれたのが旅の母娘。
里の者と流れ者の命は同格ではない。ましてや得体の知れない女とその子とあらば……。
彼らが何を考えているのかなんて言わずもがなであろう。
かくして母娘はそのまま代官所に送られ、儀式を経て人身御供とされてしまった。
けれども比丘尼のみは助かった。
べつべつの棺桶に封じられて沈められたとき。
母が我が身を犠牲として水妖の力を解き放ち、堰を破って堤を決壊させたのである。
◇
夢から醒めた比丘尼がむくりと身を起こす。
すると声をかけてきたのは虚無僧姿の士郎。
「ずいぶんとうなされていたな。またあの夢を見たのか」
「まぁね。しっかし何度見ても反吐が出る。おかげでいい感じに腸が煮えくり返っているよ」
にへらと歪んだ笑みを浮かべる比丘尼。
怒りは異能の力を高める。そのことを知る士郎は「ふっ、そいつは上々。あと半刻ほどで出るから、おまえも準備を整えておけ」と告げた。
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「いよいよだ。さぁ、国崩しの第一歩といこうか」
士郎のつぶやきに呼応し、周囲より一斉に鍔鳴りが起こる。
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