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連載
其の六十八 まわる糸車
しおりを挟む伊勢屋で罠を張るにあたって、外には火付け盗賊改めの監視の目が、内にはお七をはじめとする柳鼓長屋の面々がつめて目を光らせることになる。
「お七さん、こちらの品はどうでしょう?」
「えーと、これはいいけど、この象牙は駄目。そっちの珊瑚のもやめた方がいいよ。前の持ち主の念がえげつない。あっ、この銀細工はいいねえ。掘り出しものだよ」
現在のお店の主人である伊勢屋綾惣(いせやあやふさ)は小間物屋を営む上で、研鑽を重ねるためと趣味をかねて古物を買い集めている。
で、父である清右衛門より前々からとくと話を聞き及んでいた綾惣は、噂の柳鼓の塩小町と初顔合わせをするおりに、ちょっとした悪戯を思いつく。
たまさか手元に預かっていた由来が怪しい櫛。こいつを見せて、お七の反応をみてやろうというもの。
怪異狂いの父親とはちがって息子はその筋のことはあまり信用していない。
信心こそは人並みにあるものの、なんのかんのと言ってはゆすりたかりをするいんちきが、世間にはあとを断たないからだ。
これはべつに綾惣だけのことではない。世間の大半の者が似たり寄ったりであろう。
悪戯の結果は言わずもがな。
すっかり感服した綾惣は、以降、古物が流れてくるたびに滞在中のお七を呼びつけては目利きを頼むようになる。
とはいえお七に品の良し悪しなんぞはわからない。あくまで怪異やら縁起の有無による選別のみなのだが……。
座敷に出し並べられた品々。
店主に請われるままに選別を行っているお七はちらり、横で品物を手にとって吟味している男を盗み見る。
伊勢屋綾惣はいい塩梅の二代目だ。
大店の主人のわりには人当たりも良く、横柄な態度はとらず気さくな性格にて好感が持てる。吉原界隈で親の金で遊び呆けている阿呆な若だんな衆とはものがちがう。
甘やかすことなく両親がきちんと仕込んだからだろう。
おかげでお店はますます繁盛している。
しっかり者の恋女房、お峰との間には二児があり、長男の鷲直(わしなお)は御年十三にして早くも分別があって、親の言うこともよく聞く孝行息子。次男の鷹次(たかつぐ)はまだ九つとやんちゃ盛りの甘えん坊だが、ころころと元気よく笑う表情に愛嬌がある。
この兄弟が力を合わせて店を切り盛りすれば、伊勢屋の将来はきっと安泰。
そんな主人一家を中心に据えたお店や奉公人一同、とてもいい雰囲気。
すべてがすべて上手く回っている。
でも、だからこそお七は内心で首をひねらずにはいられない。
「どうして綾惣さんは外に妾を作って、千代を産ませたのだろう」と。
仕事も順調、家庭も順調、絵にかいたように人生が順風満帆。
はためには羨ましいかぎりである。
まぁ、余裕があるからこそ他所に女をこさえたのだろうし、その女が病で亡くなったあとには、ちゃんと遺児である千代を引き取って実子とし、籍も入れていることからして、けっして不義理な人物というわけではないのだろう。
ゆえに千代を巡る一連のしくじりが、どうにもしっくりこない。
あんまりにも不思議なものでお七は物知りな仁左にたずねてみたら、祖父はしばし思案してからこう言っていた。
「順調に回っているからこそだろうよ。カラカラよく回っている糸車とて、ちょっと引っかかりがあったらたちまちがたがたになっちまう。なまじ整い過ぎているからこそ、新しいものが入り込む余地がないのさ。それに順調すぎる道行きゆえに、ついふらふらと寄り道を、な」
それは完成している絵に新たに何かを書き加えるようなもの。
国宝級の傑作が台無しになるかもしれないとなれば、誰だって筆を持つ手が震える。
とどのつまり綾惣たちは千代というわけありの新参者にどう接していいのかわからず、持て余したのである。
◇
店の主人の隠し子。
いきなり押しつけられた妾の子を前にして心中複雑な妻お峰。
表面上は穏やかながらもちょいちょい零れてしまう気まずさは隠しようもなく。
長男の鷲直はなまじ分別があるのがたたる。
父の裏切りに対する戸惑い。しかし男兄弟ゆえに新たに出来た妹はなんだか可愛い。けれども母の気持ちを慮ると浮かれるわけにもいかず。
次男の鷹次がこれまたややこしい。
幼い末っ子ゆえに周囲からちやほやされ、我が世の春を謳歌していたところにあらわれた腹ちがいの妹。自分の地位を脅かす相手である。やたらと気をつかう母の態度もちょっと気に入らない。でも妹という存在には興味深々。結果、幼い男の子らしい方法にてあれこれ千代を小突いたせいで、関係が余計にこじれた。
綾惣にいたっては、「こういうことはどうしたって時間がかかるもの。そのうち自然と落ちつくだろう」という甘い考えにて様子見を決め込む。
犬猫の子じゃあるまいし、餌だけ与えていれば勝手に懐くと思っていたら大まちがいだというのに。
主人一家がずっとこんな調子だから、奉公人たちも遠巻きにするしかない。
母を失った直後の幼子である千代にうまく立ち回れるわけもなく、みながみなぎくしゃく、あたふたしているうちに事態は悪化の一途を辿ったと……。
◇
今回の盗賊しょうけらへと仕掛けた罠に際して、言い出しっぺのご隠居である清右衛門は、末孫の千代を連れて実家の伊勢屋に戻っている。
「年寄りの冷や水だから、千代ちゃんとおとなしく長屋で留守番をしていて」
と頼んだのだが老爺は頑として聞き入れてくれなかった。
でもってまさか千代をひとり置いておくわけにはいかないので、なし崩し的にそろっての里帰りとなる。
お七としてはいい機会なので千代と他の家族との仲を取り持ち、少しでも距離を縮められたらと考えているのだが、これがなかなかにむずかしくたいそう苦戦している。
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