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連載
其の十五 脇坂家の落日
しおりを挟む祖父義弘の別宅へと引き取られた九郎。
すぐに末孫の武才を認めた義弘は「我が生涯、最後の弟子」と称し、手づから九郎を鍛えはじめた。
修行は厳しかったが、そこにはたしかな愛があった。
木刀越しにぶつけられる愛情と期待に最初は戸惑っていた九郎も、じきに懸命にこれに喰らいつき、応えようと奮起するようになる。
おそらくこの祖父と孫は実際に交わした言葉の数よりも、剣を打ち交わした回数の方がずっと多かったことであろう。
祖父義弘が亡くなったのは九郎が十五になる少し前のこと。
縁側にて柱にもたれ、末孫を相手に月見酒としゃれ込んでいるときに、しばし目を閉じ黙り込んだとおもったら、そのまま眠るようにして息を引き取った。とても静かな最期であった。
剣豪としておおいに名を馳せた義弘の葬儀は盛大に行われ、弔問客が隣町にまで鈴なりになるほど。故人がいかに多くの人から慕われていたのかがわかろうというもの。
死してなお伝説を作った義弘。
一方で九郎は祖父の死後、実家に戻ることになるのだが、待っていたのは寒々とした粗末な部屋と薄い布団に冷や飯ばかり。
武士の三男坊ともなれば部屋住み。家督相続に絡むこともなく、無駄飯喰らいの居候。
ましてや九郎と父や兄たちとの仲はこじれているので、いかんともしがたく。
どのみち長兄の尚政が跡目をついだら、すぐにでも屋敷を追い出されるだろうし、いっそのことわずかなりとも支度金をもらって家を出て、藩も捨て、江戸にでも行こうか……。
そんなことを九郎が漠然と考え始めていたとき、事件は起きた。
◇
尚政と尚頼。
兄弟が揃って斬られる。
脇坂家に激震が走った。
場所は近在にて名の知れた小料理屋の離れ。
ただし悪い意味にて。道ならぬ関係の男女がしけ込むのに使われていた処。
どうやら痴情のもつれが原因の刃傷沙汰らしいのだが、これがまたひどい話であった。
下級藩士の倅と将来を誓い合っている婦女子。
器量良しの彼女に一方的に言い寄り無茶な横恋慕をしたあげく、けんもほろろの扱いを受けた腹いせに、攫っては強引に辱めようとしたところ、これを聞きつけた相手の男が「おのれっ!」と現場に怒鳴り込む。
災厄に見舞われた婦女子を八重子、そのお相手の男を立花義孝といった。
哀れ乙女花が無惨に手折られることなく、すんでのところで貞操こそは守られたものの、れっきとした修羅場である。
ここで素直にあやまるなり、恥も外聞もなく尻をまくって逃げ出すなりすればまだよかったのだが、クズの長兄尚政はよりにもよって剣を抜いた。
さすがに次兄尚頼は多少の分別があったのか刀を抜きこそはしなかったが、それはそれでのちのち問題視されることになるのだが……。
なんにせよ二対一である。
家格も立場も上にて数でも優勢、酒も入って気が大きくもなっていたのであろう尚政。
しかし刀を向けた相手が悪かった。
立花義孝は城下でも指折の道場の高弟にして、ゆくゆくは独立をなんぞという話もはや持ち上がっていたほどの剛の者。ちなみに八重子は彼の通う道場主の次女である。
そんな剛の者ではあるが、彼にも幾分誤解というか思い込みがあった。
なにせ向かい合っている相手は剣で鳴らした脇坂家の子息たち。
一見隙だらけの構えながらも、けっしてその通りではあるまいという、うがった物の観方をしてしまう。いわゆる思い込みというやつ。
もっともこれに関しては脇坂家の現当主である信康が悪い。
出来の悪い息子たち。せめてその悪評が外部に漏れないようにと苦心惨憺。その親心が完全に裏目に出た。
「たとえこの身が切り刻まれようとも、なんとしても八重子殿は守る」
想い人のために負けるわけにはいかない。
決死の立花義孝、「えいや」と気合一閃。
するとあっさり攻撃が通る。ただの一刀のもと尚政の首を半ば斬り裂く。
斬られた当の尚政は水芸のようにぴゅうと噴き出す己が血にぽかんとし、あまりの手ごたえのなさに斬った側の立花義孝もぽかんとなる。
なんとも間の抜けた滑稽な斬り結び。
立ち合いの一部始終を部屋の隅で観ていた次兄尚頼。愚兄の仇討ちなんぞをする気は毛頭なく、むしろようやく目の上のたんこぶがとれてすっきりしたと、しめしめほくそ笑む。
けれどもその性根の腐った笑みが、他者の目にどのように映るのかまでは計算に入っていなかった。あげくに慣れぬ荒事に動揺したのか腰の得物をうっかり傾け、するりと勝手に鞘走りさせる粗相を犯す。
あわてて柄を握ったとき、はたと目が合ったのが血刀をさげて殺気立っている立花義孝。
悪鬼もかくやという面相の男が己の背後にて刀を抜きかけている。
事実はずり落ちかけた刀を鞘に収めようとしていたのだが、立花義孝の目にはそうは見えなかった。
かくして次兄尚頼もまたばっさり一刀両断。
◇
「いかにやむなき仕儀とはいえ、人を二人も殺めた罪は逃れようもなし」
立花義孝はその場にて潔く腹を切ろうとするも、これを押しとどめたのが八重子。
「これが咎というのならば、天下の何が正義でしょうか。なりませぬ、死んではなりませぬ」
好いた女子から涙ながらの訴え。ついに思いとどまった立花義孝、「かくなるうえは」と二人手に手をとり合って、その夜のうちに藩を出奔した。
◇
長子である尚政が許婚のある女にちょっかいを出した挙句に返り討ち。
次子である尚頼はその場に居合わせるも刀を抜くこともなく斬られる。
武士としては醜聞まみれにもほどがある。このまますべてが露見すれば、最悪、脇坂の家がお取り潰しになることもありえただろう。
そこで当主の信康は火消しに奔走する。事実を捻じ曲げ、おおいに捏造し、方々に金をばら撒き、ついには唯一残された我が子である九郎にこう言った。
「あの二人は江戸に逃げた模様。これよりすぐに追いかけて行き、見事に仇を討ち果たせ。さすればおまえを晴れて後継ぎと定め、さすれば脇坂の家も安泰となろう」
これまでのぞんざいな扱いをなかったことにしての、手のひら返し。
いったいどの面を下げてほざいているのか。
脇坂九郎が心底あきれたのは言うまでもない。
そしてこれをもって彼は家を、家族を、完全に見限った。
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