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1017 マンモスとタヌキ 序
しおりを挟むウルが拳を振るうたびにもの凄い唸り音が鳴る。
蹴りを放てば軌道上のもろともを吹き飛ばし、ドンッと踏みしめれば地面が上下に揺れる。
一打一打が重く、速く、それでいて打撃の面積が広い。
まるで至近距離にて巨砲から砲弾が次々と放たれるかのよう。
そんなシロモノから狙われ続ける芽衣は、狙いを定められないようにちょこまか、瞬足ぶりを活かして動いては、隙をみて反撃を試みる。
ウルもまた蛾舎泰造と同じく、特定の武の流派を持っていない。
日常が武であり、常在戦場にて、すべての動作が攻撃となるタイプであった。それに獣人化を織り交ぜた独自の戦闘スタイルである。
ただし、さしものウルも完全獣人化は無理らしく、使用はもっぱら部分的に限定されていた。
戦場をジグザクに走る雷光が唐突に直角に折れた。
素早く側面に移動してから、タヌキ娘が跳びかかる。
これをウルは拳で迎え撃つ。
ガンッ!
蒼光を帯びた芽衣の拳とウルの拳が正面からぶつかった。
一瞬の拮抗の後にじりりと後退したのは芽衣の方である。
拳の威力はともかく体格差のせいだ。豆タヌキとマンモスとでは、重量さがあまりにもあり過ぎる。
このままでは押し負けると判断した芽衣は踏ん張らない。押し寄せる圧力を受け入れ、後方へと受け流す。
轟っと衝撃が脇を抜けた。
威力を殺し切れなかった芽衣のカラダがバレリーナのようにくるくる回る。
それを叩き潰そうとウルが第二打を放つ。拳を固く握ってはハンマーのごとく打ち下ろす。
だが、芽衣は持ち前の身軽さを活かして、ぴょんと跳ねてこれをもかわした。
大振りの一打をはずしがら空きとなったウルの脇腹。
「狸是螺舞流武闘術、破の型 影揚羽っ!」
放たれるは掌底による連撃、一の衝撃にて体内に波紋を生じ、二の衝撃にてこれを増幅する。これが、さざ波。いかに強固な筋肉と脂肪の鎧を着ていようとも、問答無用で内部を破壊のエネルギーが浸蝕するおそろしい技。
影揚羽はそんなさざ波の強化版にて、合わせた手の形状が影遊びの蝶々のようであるからそう名づけられたものの、ひらりと舞う姿とは裏腹に秘められた破壊力は苛烈極まる。
だがしかし――。
「えっ、うそでしょう」
大きく目を見開き芽衣はつぶやかずにはいられない。
奥義はたしかに決まった。がっつり手ごたえがあった。
巨漢かつ頑強さを誇るクマや鬼たちをも沈めてきた必殺技である。しかもいまは唯我独尊状態にて悶々パワー全開だ。
それをまともに受けたというのに、ウルはほんの少し身じろぎしただけであった。
「悪くない一撃だ。だが、まだ足りぬ。その程度では我の膝をつくことは叶わぬぞ!」
その言葉が終わるやいなや、芽衣のカラダが吹き飛んだ。
ウルの前蹴り。ただし通常の刺さるような蹴りとは違う。刹那に獣人化が発動。足のサイズが直径二メートルほどにもなる巨人の蹴り。
急行列車に轢かれたかのような衝撃に、芽衣の全身がみしりと厭な音を軋ませた。
タヌキ娘の身が盛大に宙を舞い、弧を描いて落ちたのは、灼熱の地底湖の小島と岸辺を繋ぐ一本道の上であった。
かろうじて受け身をとり、ダメージを軽減させた芽衣であったが、立ち上がったとたんに「がはっ」と喀血をした。ウルの蹴りで肺か気管支を傷つけられたらしい。ケホケホ空咳にて、ぜぇぜぇと呼吸が乱れ、肩で息をする。その度に胸部から腹部にかけてズキンと鈍痛が起こる。折れてはいないけれども、アバラにヒビが入ったか。
「くっ、ドジった。あんなのをまともに喰らうだなんて」
芽衣は口元についた血を手の甲で拭う。
軽量級にて、機動力こそが武器である芽衣にとって、呼吸の乱れは深刻だ。
いまいる場所も最悪だった。細い一本道で左右は煮えたぎるマグマに埋め尽くされている。
獣人化することで点の攻撃が面の攻撃となるウル、その一撃の範囲は広い。
こんな狭い場所では満足にかわせない。早々に捉えられて押しつぶされてしまう。もしくはマグマの中に押し出される。
ならばいっそのこと一本道を抜けて岸辺まで退くか?
いや、ダメだ。それはできない。自分が後退すれば、ウルはすぐに反転し尾白たちを強襲するだろう。
ここが自分に許されたデッドライン……芽衣は覚悟を決め、前へと踏み出す。
「ほぅ」と目を細めたウルもまた芽衣へと向けて悠然と歩きだした。
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