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1013 コールドスリープ
しおりを挟む大古の昔、マンモスの群れを率いるリーダーがいた。
名をウルという。
ウルは雄々しく勇敢にて、仲間を傷つけようとする者あらば、真っ先に駆けつけては、これを撃退する。
だがいかに強かろうとも、勝てない相手がいた。
それは変わりゆく気候である。
環境の変化によって、マンモスたちが主食としていた草がどんどん減っていく。
彼らはその巨体を維持するために、必要とする食事の量も膨大となる。
このままでは座して滅びを待つばかり。
ゆえにリーダーであったウルは決断する。新天地を目指すことを……。
餌を求め、安息の地を求め、広大な大陸を西から東へと横断していく。
道なき道をゆく。
ときに立ちはだかる自然は苛烈にて容赦なく、彼らを叩きのめした。
猛然と襲いかかってくる大型哺乳類たちは、現代の動物たちとは比べもにならないほどの巨体にて、ほぼほぼ恐竜と変わらない。
目には見えずに忍び寄る病もまた脅威であった。
その旅は過酷を極めた。
ひとり、またひとりと仲間たちが倒れていく――その屍を超えて群れはゆく。
父が死んだ。
母が死んだ。
友が死んだ。
妻が死んだ。
子が死んだ。
櫛の歯が欠けるようにして、群れの仲間たちが減っていく。
ふと立ち止まりふり返れば、うしろには誰もいなくなっていた。
ウルはひとりきりになった。
それでもウルは足を止めなかった。ひたすら前へと進んだ。ここで自分が旅を投げ出したら、それこそ先に逝った同胞たちにとても顔向けができないと思ったから。
ウルは怒っていた。
妻子や仲間たちを奪われた怒り。
こんな過酷な状況を与える自然への怒り。
みなを守れなかった不甲斐ない己への怒り。
激情が彼を突き動かす。
だが、そんな孤独な旅もついに終焉を迎える。
吹雪きの中の強行軍、積雪を踏み抜いたひょうしにクレバスに落ちてしまったのだ。
落ちた割れ目は深く、周囲は高く固い氷の壁に阻まれてしまい、身動きもままならない。
氷の監獄に囚われたウルは、そこで二度とは覚めない眠りにつく。
――はずだった。
ウルはずっと夢を見ていた、家族や友ら、群れの仲間たちと幸せに過ごす夢だ。
でも、それは唐突に破られた。
技術に驕る無粋な人間たちの手によって……。
◇
コールドスリープというものがある。
SF小説や映画などではお馴染みなのだが、宇宙船などでの長距離移動の際に、専用のカプセルに入って低温状態にて寝ることで、諸々の負担を軽減するというもの。
動物でいうところのクマの冬眠みたいなものだ。
とはいえ、これはあくまでフィクション、架空のお話である。
でも、現実社会にてこれに近いことを試しているのをご存知であろうか?
クライオニクスというサービスがある。
死んだ直後に遺体を冷凍保存し、未来の技術により復活を託すというもの。
実現可能かどうかはわからない。そんな眉唾話によろこんで大金を投じる者がけっこう多いのだから、驚きだ。
だが、あるいは本当に実現しちゃうかも?
と思わせるのが、クローン技術の発展である。
実際に死んだマウスの冷凍遺体が、十数年を経てクローンマウスとして蘇ったこともあるのだから。
もっともクローンをして復活と言っていいのかは、はなはだ疑問だけれども。
閑話休題。
いかなる神の悪戯か。
かくしてリアル浦島太郎として蘇ったウルは、血の涙を流し慟哭する。
「どうして我を目覚めさせた! どうしてあのまま放っておいてくれなかったのかっ!」
目覚めたウルがどれほど困惑し、狼狽し、衝撃を受けたのかは想像に難くない。
怒りの衝動のままにすべてを粉砕し、研究所をあとにしたウルは、ふたたび放浪の旅に出る。
途中、人化けの術を覚え、姿を変えては旅を続けるも、現代を、人間たちを知れば知るほどに、ふつふつとこみ上げてくるのは激しい憎悪であった。
「なんだこれは? こんな薄汚れた世界のために、我らは犠牲になったのか? こんな、こんな……」
ゆえにウルは復讐することにした。
人間たちを、現代文明を、この星そのものに怒りの鉄槌を下す!
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