おじろよんぱく、何者?

月芝

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995 タヌキと老オオカミ 結

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 老オオカミとタヌキ娘の戦い。
 ともに人化けした状態である。
 獣人化ではない。あくまでヒトの姿だ。
 だから噛まれるにしても、実際にオオカミに食われるのとはちがう。
 絵面的にはごつい老人がちんまい小娘の首筋に歯を立てるという、なかなかにひどいもの。
 それでも、である。
 窮地に立たされている側、タヌキ娘は総毛立つ。
 タヌキ娘の目には、迫る老人の首が、開かれた口が、そこからのぞく歯が、たしかにオオカミのそれに視えた。
 食われると本気で信じた。
 刹那、脳裏を埋め尽くしたのは恐怖である。
 心の底から「怖い!」と思った。

 幼少期より武術の師である祖母葵から厳しく鍛えられ、若くしてタヌキ娘は狸是螺舞流武闘術の免許皆伝を修めた。同年代では向かうところ敵なしである。
 キラキラしている海の向こう、ステキなシティガールに憧れて、故郷の淡路島を飛び出し、高月の地にやってきてからは、尾白四伯の世話になりながらいろんな強敵たちと拳を交え、その度に強くなっていった。
 いまだに先代には及ばないものの、いずれはとの自負もあったし、自信もある。
 環境に恵まれた。血筋に恵まれた。師に恵まれた。友に恵まれた。ライバルに恵まれた。いろんな巡り合わせ、縁に恵まれた。
 だからとてその上に胡坐をかいていたわけじゃない。
 けっして楽な道のりだったわけじゃない。
 苦戦だってたくさんしたし、ズタボロにされたことも一度や二度じゃない。精も根も尽きて死にかけたこともある。
 でも、だからこそ忘れていた。
 大自然の生態ピラミッド内における捕食者と被食者、食物連鎖における上位と下位の立場を……。

 かつて感じたことのない恐怖を呼び起こされた瞬間、タヌキ娘は頭の中が真っ白になった。
 そしてガラリと目つきが変わった。

「ぐるるる」

 唸り声にて目覚めたのは野生である。
 そこには武人としての矜持も、乙女の意地や見栄もない。
 あったのは「死にたくない」「生き残る」という生き物の誰もが持つ原初の想いばかり。
 腕の中でタヌキ娘が遮二無二に暴れはじめた。
 老オオカミが逃がすまいと、いっそうのチカラを込めて締め上げ、黙らせようとする。
 でも、おもいもよらぬ反撃を受けて逆に拘束がゆるんでしまった。

 ガリッ!

 わずかに動く手元にて、皮膚に爪を立て引っ掻いたのはタヌキ娘だ。
 死に物狂いであるがゆえに、それこそ肉を軽くえぐるほどにも深い傷に、老オオカミが顔をしかめたところで、さらに。

 ガブリっ!

 老オオカミより先に噛みついたのはタヌキ娘のほうであった。
 殺られる前に殺る。
 野生の掟だ。
 それに小さい獣にだって牙もあれば爪もある。
 窮鼠猫を噛むのと同じで、タヌキだって追い詰められればオオカミに牙をむく。
 驚いたのは老オオカミだ。
 相手の動きを封じ、あとはトドメをさすばかり。油断はしていなかったが、よもやこの場面で自分の方が喉笛にかみつかれるとはおもわなかった。

 ふだんであれば、ちょっとこそばゆいだけ。
 小娘に噛み切られるほどやわな首じゃない。ニホンオオカミという種族最後の生き残り、おいそれとくれてやれるほど軽い首でもない。
 だがしかし、いま喰らいついているのはただの小娘ではなかった。
 いっぱしの武人であり、二代目蒼雷であり、なにより狸是螺舞流武闘術、唯我独尊派生・震撃なる奥義を発動し、蒼光を帯びている状態にある。

 マズイ! 直感が激しく警鐘を鳴らす。
 老オオカミはあわててのけ反る。
 もしもあとほんの少し遅れていたら、そこで勝敗は決していたであろう。
 タヌキにオオカミが喉笛を噛み切られるという最悪の形で。
 間一髪のところで、老オオカミはそれを回避することに成功する。
 でもけっして少なくない血肉をかじられてしまった。
 あとほんの数ミリ、深くまで歯を立てられていたら、きっと傷は頸動脈に達していたことであろう。

 よろめき、老オオカミは血が流れる首筋を手で押さえた。
 これにより拘束が解かれてタヌキ娘は自由の身となる。
 抱き上げられていたタヌキ娘、その両足がストンと地面につくなり、身に帯びていた蒼光が右の拳へと移動し、収束していくのを老オオカミは目にした。
 いまだタヌキ娘の理性は戻っていない。瞳に浮かんでいるのは野生のたぎりのみ。
 なのに……、いいや、だからこそか。
 眼前に立ちはだかる脅威を排除するために、無意識のうちに選択したのは己が持つ最大最強最高火力の必殺技。

 狸是螺舞流武闘術、唯我独尊派生・蒼星。

 かつて九龍城の天守閣での戦いにおいて、炎龍の剣にて猛威を振るっていた宮本めざしを倒した。
 獣王武闘会本戦の準々決勝第四試合において、元緑鬼の副長にて次期黒鬼となる乾班目(いぬいまだらめ)、第三形態まで解放した鬼を撃破した。
 眩いばかりの蒼い光点、それはとても小さい星のまたたきにも似た光、だけどとても強い輝き。
 蒼星はとてつもない破壊力を秘めた、衝撃波とはちがう別の何か。
 そんなシロモノを宿した拳が迫る。
 これに対して老オオカミも覚悟を決めた。大きく踏み出し、渾身の拳にて迎え撃つ。
 老オオカミとタヌキ娘の拳同士が正面から激突する。
 ふたりの間で光が爆ぜ、すべてが輝きの中に呑み込まれた。


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