995 / 1,029
995 タヌキと老オオカミ 結
しおりを挟む老オオカミとタヌキ娘の戦い。
ともに人化けした状態である。
獣人化ではない。あくまでヒトの姿だ。
だから噛まれるにしても、実際にオオカミに食われるのとはちがう。
絵面的にはごつい老人がちんまい小娘の首筋に歯を立てるという、なかなかにひどいもの。
それでも、である。
窮地に立たされている側、タヌキ娘は総毛立つ。
タヌキ娘の目には、迫る老人の首が、開かれた口が、そこからのぞく歯が、たしかにオオカミのそれに視えた。
食われると本気で信じた。
刹那、脳裏を埋め尽くしたのは恐怖である。
心の底から「怖い!」と思った。
幼少期より武術の師である祖母葵から厳しく鍛えられ、若くしてタヌキ娘は狸是螺舞流武闘術の免許皆伝を修めた。同年代では向かうところ敵なしである。
キラキラしている海の向こう、ステキなシティガールに憧れて、故郷の淡路島を飛び出し、高月の地にやってきてからは、尾白四伯の世話になりながらいろんな強敵たちと拳を交え、その度に強くなっていった。
いまだに先代には及ばないものの、いずれはとの自負もあったし、自信もある。
環境に恵まれた。血筋に恵まれた。師に恵まれた。友に恵まれた。ライバルに恵まれた。いろんな巡り合わせ、縁に恵まれた。
だからとてその上に胡坐をかいていたわけじゃない。
けっして楽な道のりだったわけじゃない。
苦戦だってたくさんしたし、ズタボロにされたことも一度や二度じゃない。精も根も尽きて死にかけたこともある。
でも、だからこそ忘れていた。
大自然の生態ピラミッド内における捕食者と被食者、食物連鎖における上位と下位の立場を……。
かつて感じたことのない恐怖を呼び起こされた瞬間、タヌキ娘は頭の中が真っ白になった。
そしてガラリと目つきが変わった。
「ぐるるる」
唸り声にて目覚めたのは野生である。
そこには武人としての矜持も、乙女の意地や見栄もない。
あったのは「死にたくない」「生き残る」という生き物の誰もが持つ原初の想いばかり。
腕の中でタヌキ娘が遮二無二に暴れはじめた。
老オオカミが逃がすまいと、いっそうのチカラを込めて締め上げ、黙らせようとする。
でも、おもいもよらぬ反撃を受けて逆に拘束がゆるんでしまった。
ガリッ!
わずかに動く手元にて、皮膚に爪を立て引っ掻いたのはタヌキ娘だ。
死に物狂いであるがゆえに、それこそ肉を軽くえぐるほどにも深い傷に、老オオカミが顔をしかめたところで、さらに。
ガブリっ!
老オオカミより先に噛みついたのはタヌキ娘のほうであった。
殺られる前に殺る。
野生の掟だ。
それに小さい獣にだって牙もあれば爪もある。
窮鼠猫を噛むのと同じで、タヌキだって追い詰められればオオカミに牙をむく。
驚いたのは老オオカミだ。
相手の動きを封じ、あとはトドメをさすばかり。油断はしていなかったが、よもやこの場面で自分の方が喉笛にかみつかれるとはおもわなかった。
ふだんであれば、ちょっとこそばゆいだけ。
小娘に噛み切られるほどやわな首じゃない。ニホンオオカミという種族最後の生き残り、おいそれとくれてやれるほど軽い首でもない。
だがしかし、いま喰らいついているのはただの小娘ではなかった。
いっぱしの武人であり、二代目蒼雷であり、なにより狸是螺舞流武闘術、唯我独尊派生・震撃なる奥義を発動し、蒼光を帯びている状態にある。
マズイ! 直感が激しく警鐘を鳴らす。
老オオカミはあわててのけ反る。
もしもあとほんの少し遅れていたら、そこで勝敗は決していたであろう。
タヌキにオオカミが喉笛を噛み切られるという最悪の形で。
間一髪のところで、老オオカミはそれを回避することに成功する。
でもけっして少なくない血肉をかじられてしまった。
あとほんの数ミリ、深くまで歯を立てられていたら、きっと傷は頸動脈に達していたことであろう。
よろめき、老オオカミは血が流れる首筋を手で押さえた。
これにより拘束が解かれてタヌキ娘は自由の身となる。
抱き上げられていたタヌキ娘、その両足がストンと地面につくなり、身に帯びていた蒼光が右の拳へと移動し、収束していくのを老オオカミは目にした。
いまだタヌキ娘の理性は戻っていない。瞳に浮かんでいるのは野生のたぎりのみ。
なのに……、いいや、だからこそか。
眼前に立ちはだかる脅威を排除するために、無意識のうちに選択したのは己が持つ最大最強最高火力の必殺技。
狸是螺舞流武闘術、唯我独尊派生・蒼星。
かつて九龍城の天守閣での戦いにおいて、炎龍の剣にて猛威を振るっていた宮本めざしを倒した。
獣王武闘会本戦の準々決勝第四試合において、元緑鬼の副長にて次期黒鬼となる乾班目(いぬいまだらめ)、第三形態まで解放した鬼を撃破した。
眩いばかりの蒼い光点、それはとても小さい星のまたたきにも似た光、だけどとても強い輝き。
蒼星はとてつもない破壊力を秘めた、衝撃波とはちがう別の何か。
そんなシロモノを宿した拳が迫る。
これに対して老オオカミも覚悟を決めた。大きく踏み出し、渾身の拳にて迎え撃つ。
老オオカミとタヌキ娘の拳同士が正面から激突する。
ふたりの間で光が爆ぜ、すべてが輝きの中に呑み込まれた。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートの威力はすさまじくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
公主の嫁入り
マチバリ
キャラ文芸
宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。
17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。
中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
※不定期 18時更新※(なるべく毎日頑張ります!)
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる