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970 白い勾玉
しおりを挟む黒龍の勾玉とは……。
伝説の技術者集団・大江一門が残した炎龍の剣、雷龍の珠と並ぶオーバーテクノロジーのうちのひとつである。
手の中に収まる程度の大きさ。そのわりにはズシリとくる重み。妙に冷たく、握っているとずんずん体温を奪われるかのような錯覚に襲われる。
黒い表面はつるんとしており、きれいで傷ひとつない。
なのに見つめる者や周囲の景色を欠片も映さない。
まるで奈落を凝り固めたかのようでもあり、そこだけ世界から切り抜かれた跡のようでもあり。
そのチカラは、あらゆる認識を阻害するパーフェクトステルス機能である。
自身にまとえば究極の隠形の術となり、相手に放てば五感を遮断し闇の牢獄へと誘う。
闇の牢獄に囚われれば、漆黒の宇宙空間に放り出されたようになって、そのうちに天地もあやふやとなり、自分の状態すらもよくわからなくなる。この状態が長時間に及べば、いずれ精神にも支障をきたすであろう。
そんな危険なシロモノをかげりは、侵入者らに向けて躊躇なく発動させた。
安倍野京香と燐火はいきなりすぎて対応できず。
闇の牢獄の虜囚となった。
こうなったが最後、虜囚は自分の手足すらもわからない漆黒に呑み込まれてしまう。すべての感覚が遮断され、すぐ隣にいる仲間のこともわからなくなる。
ゆえにうかつな行動はとれない。自棄を起こして銃を放ったり、小太刀を振るえば同士討ちとなりかねないからだ。
「……そして、私がこうやってすぐそばに近寄ってもわからないんだよねえ。さぁて、どうしてやろうか。このままボコってふん縛ってもいいんだけど、それだけじゃつまらないわね。にしししし、せっかくだから顔にマジックで落書きでもしてやろうかしらん。でもって記念撮影をした画像をネットで世界中に拡散するの。あっ、そうだわ。どうせやるんだったら、ルクレツィアに頼んでド派手に打ち上げるのもいいかも。そうすれば大バズリすること請け合いよねえ」
悪戯を思いつき、かげりはにへらと笑みを浮かべる。つぶやきながら懐から取り出したのは、たまさか持っていた油性のマジックである。
だがしかし、キャップをはずしてペン先を燐火の顔へと近づけたところで、かげりは「ぎゃっ!」
悪のオコジョくのいちは悲鳴をあげた。
つま先に激痛が走ったせいだ。ビックリして足をひこうとするも、ビクともしやしない。
「アイタタタタ」
慌てて顔を向けてみれば、燐火の足にがっちり踏まれて、くわえ込まれているではないか。
「なっ、えっ! どうして? 黒龍の勾玉はちゃんと発動しているはずなのに」
狼狽するかげり、その耳がカチャリという音を拾う。
はっと顔を上げれば銃口を顔面に突きつけられていた。
サングラス越しに安倍野京香と目が合った。
きちんとこちらの動きを把握しての行動だとわかって、かげりはごくりとツバを呑み込む。
安倍野京香と燐火たちはたしかに闇の牢獄に囚われた。
けれどもすぐに解放されていたのである。
それを成したのは、尾白四伯より燐火に託された白い勾玉であった。
白い勾玉……。
大江一門の流れを組む凄腕技術者であるパカパカ仙人が作った、黒龍の勾玉対策アイテムである。
ポンと軽く叩けば発動し、半径五十メートル内において黒龍の勾玉のパーフェクトステルス機能や認識阻害を無効化する。発動範囲をさらに絞れば、精度と作動継続時間がぐんとのびる。
とはいえ紙一重であった。
かげりが黒龍の勾玉を発動するのと、燐火が所持していた白い勾玉を握ったのはほぼ同時にて。もしもわずかにでも遅れていたら、手の中にあった切り札を活かすこともままならなかったことであろう。
間一髪、白い勾玉の発動が間に合った。
だが、助かったのにもかからわらず、あえて固まったふりをしていたのは、かげりが嬉々としてのこのこ近寄ってくるのが見えたから。
わざわざ向こうからやってきてくれるのならば、それを利用しない手はない。
そんな燐火の意図に気がついた安倍野京香も、相棒に倣うことにする。
かくして獲物は罠に落ちた。
不意にスーッと銃口が下がった。
かげりが訝しんでいると、その銃口がピタリととまったのは右太腿のあたり。
かとおもえば、いきなりズドン!
警告なんぞは無い。
だが、次の瞬間、眉間にしわを寄せていたのはかげりではなくて引き金をひいた安倍野京香であった。
火を噴く銃口、飛び出した弾丸、それが右足を撃ち抜いたとおもわれたところで、ペロンと相手の姿が崩れたからである。
生身が失せて残されていたのは、穴のあいた衣類のみ。
「くそっ、やられた! 空蝉の術か」
よもやこの至近距離での銃撃をかわされるとはおもわなかった。安倍野京香はすぐさま視線を走らせて、消えたかげりの姿を探す。
ここは直線の長い廊下だ。身を隠せる場所はない。
だというのに、かげりがどこにも見当たらない。
どうやら逃げるのと同時に、黒龍の勾玉によって隠形の術を発動したようだ。
「ちっ、しくじった。下手な仏心なんぞ出すもんじゃねえ」
安倍野京香は悔いるも、その矢先のことであった。
燐火の方をちらりとして、ぎょっ!
慌ててその場にしゃがみ込む。
燐火の手に握られた小太刀が蒼炎を帯びている。輝きがずんずん増したかとおもえば、やおら蒼い炎の龍が出現し、激しい爆炎が起こった。
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