おじろよんぱく、何者?

月芝

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960 獣王武闘会本戦 幕間 文(ふみ)

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 ようやく百花繚乱の嵐が去った。
 ちゃぷん、ちゃぷん、ちゃぷん。
 菜穂も喜色を浮かべつつ尿瓶(しびん)片手に病室を出て行った。
 羞恥プレイを強要されたおっさんは、枕を涙で濡らした。しくしくしく……。
 そのせいか同室の野郎たちから向けられる視線が、嫉妬混じりの憎悪から、同情と哀悼の意のソレへと変わった。
 でもそれはそれでツライ。
 居たたまれなくなったおれはベッドを出て、喫煙所へと向かった。

  ◇

 あいにくと喫煙所は盛況だった。寿司詰めでぱんぱん。
 昨今、タバコは害悪にて、ことあるごとに槍玉にあげられている。
 増税といえば、真っ先に狙い打ちにされる。
 そのせいで価格はぐんぐん右肩上がり、ここ二十年で倍ほどにもなった。
 五百円玉で二箱買えた時代が懐かしい。
 いまやタバコはちょっとした贅沢な嗜好品扱いにて、気軽に「一本ちょうだい」と言えなくなりつつある。
 愛煙家は肩身が狭い。周囲からは鼻つまみ者扱いにて、数も減る一方だ。
 聞けば子ども向けのマンガやアニメでは、喫煙シーンすらもNGとなっている国もあるんだとか。
 すでに死に体、絶滅危惧種である。

 えっ、電子タバコ?
 ふん、アレはちがうんだな、これが……。味がして煙がすればいいというもんじゃない。
 くわえた先に灯る小さな火、粉雪のごとく儚く散る灰、じんわりと伝わる熱、指先にこびりついて離れない独特の焦げ臭、喉から鼻へと抜ける薫り、ざらつく舌先に残るニコチンのしびれ、フィルター越しに負う低温火傷、徹夜明けにやたらと目に染みる煙、冬場にうっかりすると唇の皮がタバコにくっついてベリっとなったり、新発売された缶コーヒーとの相性を試す、などなど。
 電子タバコでは味わえないことが多々ある。
 けれども、まだまだ捨てたもんじゃなかった。
 だって、あんなに同志たちがいるんだもの。

 なんぞと考えつつ、おれはおっちら階段をのぼって屋上へと向かう。
 他に喫煙所はないのかと、通りすがりの看護師さんに尋ねたら教えてくれた。

  ◇

 屋上は吹きっさらしにて、ビル風がやや強い。
 ベンチに腰かけ、手でかばいつつ、おれはタバコに火を灯す。
 大きく一服。吐いた煙がたちまち脇へと流れていくのを横目に、取り出したのは一枚のメモである。
 女どもで姦しかった病室、気が付いたら懐に入っていた。
 おそらくは賑やかなさなか、検温に訪れた看護師の仕業かとおもわれる。彼女以外でおれにベタベタ触っていたのは、伯魅ぐらいだし。
 にしても、あの面子の前でバレずに懐に文をしのばせるとか、あの看護師さん、只者じゃねえな。
 ほんの一瞬、つけ文にて連絡先とかが書いてあったらどうしよう……とか考えたけれども、すぐに「そんなわけないやん」と首を振る。
 とはいえ、ちょっとドキドキ。
 小さく四つ折りにされたメモを開けば、そこにはこう書かれてあった。

『紫、決勝』

 紫は、芝生綾を示す隠語である。
 でもって決勝というのは、もちろん獣王武闘会本戦の決勝戦のことだろう。
 どうやら、そのさなかに芝生綾の奪還を決行するつもりのようだ。
 すでに居所も把握済みにて、計画も練られているっぽい。
 動物界が彼女の身柄を聚楽第に握られている現状を、座して見逃しはすまいと思っていたが、いよいよ動くか――。

「そういえばカラス女と燐火さんがつるんでいたな。……となれば表と裏が手を組んだか。にしても、それを報せるんだったら、直接告げれば言いのにずいぶんと回りくどいマネをする。
 あー、でもルクレツィアがいたからなぁ」

 独りごちながら、おれはメモにくわえタバコの火を押しつけた。
 とたんに焦げたニオイが漂いはじめ、メモが白い灰へと変わっていく。
 これを備え付けの灰皿に突っ込む。

「次はいよいよ、蛾舎泰造が率いるロストブラッドか。あの爺さんとは初めて会ったときから、なんとなくこんなことになるんじゃないかとは思っていたけど、まさかこんな形でぶつかるとはなぁ」

 メモが完全に灰となったのを見届けてから、おれは「よっこらせ」と重い腰をあげた。


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