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947 獣王武闘会本戦 準々決勝第四試合 二分十五秒の攻防 中編
しおりを挟む異様な光景であった。
灰色鬼がみずからもいだ右腕をむんずと左手で掴んでは、体液をまき散らしながら、金棒のごとくぶぅんぶぅんと振り回している。
そのかたわらでは、すでに新たな右腕が生えかけている。
三本の鬼の腕が暴れては、破壊と再生が入り交じり混沌と化す。
トラ猛女はそんな異形へと果敢に挑み続けている。
いかなる暴風が吹き荒れようとも、けっして目を閉じることなく、金色の双眸にて相手をねめつけ、隙あらば急所に爪を突き立て斬り裂く。
だがトラ美の注意がつい振り回されている腕金棒に集まった頃合いを見計らって、灰色鬼が仕掛けた。
横薙ぎのひと振りから、さらに勢いのままに背を向けたとおもったら、振りが軌道を変えた。
野球のバッティングフォームからゴルフのフルスイングみたいに!
半円を描き、地を這うようにしてせり上がってくる一撃。
「くっ」
上体をそらし、これをどうにかギリギリでかかわすトラ美であったが、直後のことであった。
ぶわっと激しく舞い上がった砂塵が顔を打ち視界を奪う。
なまじ目を見開いていたがゆえに、砂が目に入るのを完全に阻止できない。痛みにて涙目となって視界が歪む。
たまらず目元を手の甲でこすろうとしたところで、トラ美ははっとする。
頭上より迫るもの凄い圧力を感じたからだ。
かち上げられた腕金棒が上空にて急旋回し、脳天へと目掛けて振り下ろされたのである。
これはかわせない!
そう判断したトラ美は頭上に両腕をかざし交差させ、受け止めることを余儀なくされた。
ズンッ!
空が落ちてきた。
喰らった瞬間、トラ美はそう感じた。
かかる荷重と加重が、さらなる過重を産み出す。世界のすべてが敵となったかのような錯覚に襲われる。
圧倒的なチカラがのしかかってはトラ猛女のカラダをねじ伏せ、ひと息に潰さんとする。
腕の骨が軋み、腰が下がった。膝を屈しそうになる。
けれどもトラ美は崩れない。「グルル」と喉を鳴らし、歯を食いしばっては耐える。
すると灰色鬼の紀田純一が「ほう」と感心した。
「これを受け止め、なおも立ち続けるのか。だが」
言うなり、ふっとかき消えたのは上からかかっていた圧力である。
灰色鬼が腕金棒を手放したせいだ。
いきなりの解放、急に梯子をはずされた格好となったトラ美は、チカラのやり場を失って混乱する。
そこに飛んできたのは灰色鬼の蹴りであった。
股間を狙った蹴り上げ。第四形態の鬼のチカラでこんなところを蹴飛ばされたら、男も女も関係ない。それこそ口から胃や腸をぶちまけかねないだろう。
だからトラ美は頭上にかざしていた十字受けを、そのまま下へと移動して、これを防ぐ。
両腕を交差させた部分に鬼の足の脛がめり込む。
ふわり。
両足が地面を離れ、浮かんだのはトラ美のカラダである。
前蹴りは直線的軌道を描くがゆえに、最短距離を迅速に突き進む。だから隙が少なく、鋭く、かわしにくい。そして何より攻撃に込められたチカラが伝わりやすいという利点がある。
鬼の膂力が存分に込められた蹴りが、トラ猛女の身を防御ごと持ち上げたばかりか、これを打ち上げてしまう。気づけば、カラダが灰色鬼の頭上を超えた位置にまで運ばれていた。
逃げ場も、踏ん張りもきかない空中でのこと。
そこへ飛んできたのは灰色鬼の追撃。
正面から剛拳が迫る。トラ美はカラダをひねって少しでも打撃の威力を相殺しようとする。だがしかし……。
「――っ!」
驚愕にてトラ美は目を見開いた。
正拳をやり過ごしたとおもった次の瞬間、視界の隅に別の拳を捉えた。
昇天せんとする龍のごとき勢いにて迫ってくる。
びりびりと空気が震え、肌がひりつく一撃。これに比べたら先の正拳なんぞは、子猫のパンチ同然であった。
本命はこっちだ。
轟っと風が唸り、天地が結ばれ、世界が斬り裂かれる。
渾身の一撃により闘技場の天井に大穴が穿たれ、トラ美の姿はその向こうへと消えた。
灰色鬼の稼働時間、残り三十九秒でのことであった。
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