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945 獣王武闘会本戦 準々決勝第四試合 第四形態
しおりを挟む第三形態の鬼は荒々しい外見をした、絵巻物や浮世絵などに描かれている、いかにも狂暴な鬼という姿であった。
しかし白煙の中から立ち上がったのは、一転して未来的なフォルムを持った躰である。
昭和時代の四角い走る箱であったクルマが、現代風にスポーティーに洗練され進化したかのよう。
大柄でぶ厚いボリュームは変わっていない。
ただし、肌の色が緑から灰色へとなっており、その表面が艶のある流線形の灰色の鎧のようなもので覆われていた。
肌の一部が硬化して、防御力が格段に上がったことが容易に推察される。
だが、なによりも特徴的なのが頭部である。
顔から目、鼻、口が失せており、のっぺらぼうになっていた。
いや、実際に消えたというわけではなくて、そういう面をかぶったような状態になっているのだ。
頭の三本角もまた変化している。表面がごつごつしては、まるで石器時代の石槍の穂先のよう。武骨だが野趣溢れる猛々しさが宿っている。
白黒赤青緑黄の種族からなる鬼たち。
肌の色は所属する種族に準拠しており、高位の鬼になるほどに色味が濃く、チカラも強くなる。
たとえば赤鬼の長である桜花朱魅(おうかあけみ)、彼女が鬼の姿になった場合、その身は鮮血にも似た真紅に近しい色となる。
肌の色こそが鬼のアイデンティティといっても過言ではない。
これを捨てる。
のっぺらぼうになる。
それすなわち己という個を完全に喪失したことに他ならない。
全身全霊、そのすべてを白の女王に捧げ、対価として第四形態へと至る。
忠義、忠節、忠誠、仁義、道義、献身、忠勤、信義、実直、篤実、誠実、誠心、誠意、律儀、忠順、真心……。
インターネットや辞書を調べれば、それっぽい言葉なんぞはいくらでも漁れる。
けれども、そのどれもがまるで足りない。軽薄に映る。
いかなる言葉をも超越した繋がり。
その結実が鬼の第四形態であった。
◇
初めて目にする鬼の本当の姿に、観客たちは息をするのも忘れて見つめるばかり。
対峙しているトラ美は警戒を強めつつ、間合いをはかっている。
すると第四形態となった紀田純一が指を三本立て、言った。
「三分……白の御方さまから許された時間だ」
鬼の第四形態。
絶対女王である白鬼の七宝院白瑠璃(しちほういんしらるり)が認めたときにのみ至れる、最終形態にして真の鬼の姿。チカラはすべて解放されており、生態系の理から外れた存在となる。けれども強すぎるがゆえに肉体がもたず、解放とともに自壊がはじまる。だからこそ設けられた制限時間であった。
「耐え切ればおまえの勝ちだ。おっと、すでに二十秒もロスしてしまった。時間が惜しい。では、いくぞ!」
言うなり灰色鬼と化した紀田純一が一歩前へと。
無造作に歩き出したとおもったら、次の瞬間にはトラ美のすぐ目の前に、その姿があった。
頭上より迫る風圧。それは灰色鬼が振り下ろした手刀によるもの。
とっさに半身をひいて脇にかわしたトラ美であったが、ぎょっ!
足下にスパッと溝が走っており、それが闘技場を縦断しては防護壁をも斬り裂いていたからである。
受けるのも、喰らうのもだめだ。
そう判断したトラ美であったが、直後に蹴りが襲ってきた。ハイキックにより首を刈りにくる。
頭を下げてやり過ごそうとしたトラ美であったが、横目にちらり、相手のつま先の角度が変化したのが見えた。首を狙うと見せかけて、狙うは下半身、まずは獲物の足を奪うつもりだ!
だからとて後ろには下がれない。強力な斬撃が飛んでくる。迎え討つには体勢が悪く出遅れた。ゆえにトラ美に選べたのは、ジャンプしてかわすことであった。
でも、それはすべて紀田純一の思惑通りの流れであったと、トラ美が気づいた時には、すでにその身はまともに正拳喰らって吹き飛ばされていた。
この時点で、残る時間は二分十五秒となっていた。
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