おじろよんぱく、何者?

月芝

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928 獣王武闘会本戦 準々決勝第三試合 矛と盾と斧と

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 初手よりチーム深海の逆襲の三身一体の連携攻撃が炸裂する。
 個々の主張が強い人魚にしては、とても珍しい。
 それすなわち、それだけ古強者である蛾舎泰造を脅威と判断したということ。
 その判断は正しかった。
 だが、盤面が一瞬で引っくり返り、攻守が逆転する。
 蛾舎泰造に奥義を見切られ、武器を押さえられ、そこに景親と重衡の襲撃を受けた時。
 ふたりの男人魚たちの明暗は分かれた。

「ぐっ、この、放せっ!」

 矛を手にしていた者は、どうにかして振り払おうともがく。

「――っ!」

 盾を手にしていた者は、すぐに盾を手放して襲撃者に備えた。

 この対応のちがいは、各々が持っていた武器のせいであろう。
 矛は攻撃に重きを置いた得物である。盾は防御に重きを置いた得物である。その遣い手たちもまた、これに準拠した思考を抱き、おのずと戦い方もそれに引きずられる。
 ゆえに、これを手放すという選択を、矛の者はとっさに頭に思い浮かべられなかった。
 けれども盾の者は、投擲として使用する戦い方も身に着けていたがゆえに、一時的に離ればなれになることに、さほど抵抗はなかった。

 矛を掴まれ、身動きもままならぬところを、獣人化しているタスマニアタイガーの景親に横合いから襲われた男人魚は、もろに攻撃を喰らって白眼をむいた。
 いち早く状況を理解し、盾を手放した男人魚は、やはり獣人化しているフォークランドオオカミの重衡の猛撃をかろうじてしのぎ、さらにはカウンター気味にて拳を見舞うことに成功する。

 蛾舎泰造を中心に据えて、両側にて展開する戦い。一時的に五人が密集していた、その刹那のこと!
 戦斧を持つ男人魚が動く。
 両腕を広げた格好にて、正面が無防備になっている蛾舎泰造へと襲いかかる。

真海流淵斧式まかいりゅうえんぷしき、激浪!」

 駆け寄りざまに戦斧を高らかに振り上げてからの、斬と縦一文字。
 たやすく空を裂き、地を抉る破壊の一閃が走る。

 ガッ!

 しかし渾身の戦斧の一撃は不発に終わった。
 防いだのは、あろうことか人魚族の武具である盾であった。
 持ち手が急場に迫られて、手放す判断をしたそれを、老兵は利用したのだ。
 それもたんに拝借したのではない。
 激烈かつ重い戦斧の一撃を受ける際に、がっちり盾をかざして受け止めるのではなくて、わずかに身を引き、膝と腰を使って柔軟に受け、衝撃を殺すという芸当をもやってのけた。
 蛾舎泰造は盾の使い方を知っていたのか?
 いいや、そうではない。
 見て、盗んだのだ。この獣王武闘会の本戦中に、あるいはついさっきのほんのわずかなやりとりの合間に。
 それもまた彼の優れた目と、常在戦場の生涯にて磨かれ続けた、その身に宿る何かのおかげであった。
 意地、誇り、覚悟、経験、判断、センス……、その何かを言葉にするのは、とてもむずかしい。
 これまでに積み上げてきたものが、ないまぜになったものなのだから。
 瞬時に、取捨選択を行い、進むべき道筋を組み立て、あとは迷わず突き進み、けっして振り返らない、立ち止まらない。
 滅びゆく種族の最後の生き残り。
 そのプレッシャーをずっと背負い続けてきた男の歩みを、誰も止められない。

 ギチリ、ギチリ、ギチリ……。

 拮抗するチカラ。
 戦斧を持つ男人魚と、蛾舎泰造が盾を挟んでのにらみ合い。
 男人魚はぐっと得物を持つ太い腕にチカラを込めて、さらに前へと押し込もうとする。
 させじと蛾舎泰造もまた盾を持つ腕にチカラを込める。
 だが、両腕と片腕では、どうしたって差が出る。
 そこでタイミングを見計らって、蛾舎泰造はスイとわずかに身を引いて、相手のチカラを受け流し、体勢を崩そうと目論む。
 けれども、ほんのわずかな兆しから、それを察知した男人魚は戦斧を引いて、いったん後退するを選択した。

 大きく跳び退る戦斧の男人魚、これを狙い撃つように放たれたのは蛾舎泰造の手にあった盾である。
 しかし、それは当たらない。寸前で戦斧にはじかれた。
 かくして、仕切り直しとなった三対三のチーム戦。
 この時点で、深海の逆襲側はひとり脱落して、数的劣勢に立たされることになった。
 一方でロストブラッド側はというと、いまのところ優勢ではあるが、じょじょに獣人化している若いふたりに影響が出始めており、何のはずみで暴発するかわからないがゆえに、けっして楽観できる状況ではなかった。


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