928 / 1,029
928 獣王武闘会本戦 準々決勝第三試合 矛と盾と斧と
しおりを挟む初手よりチーム深海の逆襲の三身一体の連携攻撃が炸裂する。
個々の主張が強い人魚にしては、とても珍しい。
それすなわち、それだけ古強者である蛾舎泰造を脅威と判断したということ。
その判断は正しかった。
だが、盤面が一瞬で引っくり返り、攻守が逆転する。
蛾舎泰造に奥義を見切られ、武器を押さえられ、そこに景親と重衡の襲撃を受けた時。
ふたりの男人魚たちの明暗は分かれた。
「ぐっ、この、放せっ!」
矛を手にしていた者は、どうにかして振り払おうともがく。
「――っ!」
盾を手にしていた者は、すぐに盾を手放して襲撃者に備えた。
この対応のちがいは、各々が持っていた武器のせいであろう。
矛は攻撃に重きを置いた得物である。盾は防御に重きを置いた得物である。その遣い手たちもまた、これに準拠した思考を抱き、おのずと戦い方もそれに引きずられる。
ゆえに、これを手放すという選択を、矛の者はとっさに頭に思い浮かべられなかった。
けれども盾の者は、投擲として使用する戦い方も身に着けていたがゆえに、一時的に離ればなれになることに、さほど抵抗はなかった。
矛を掴まれ、身動きもままならぬところを、獣人化しているタスマニアタイガーの景親に横合いから襲われた男人魚は、もろに攻撃を喰らって白眼をむいた。
いち早く状況を理解し、盾を手放した男人魚は、やはり獣人化しているフォークランドオオカミの重衡の猛撃をかろうじてしのぎ、さらにはカウンター気味にて拳を見舞うことに成功する。
蛾舎泰造を中心に据えて、両側にて展開する戦い。一時的に五人が密集していた、その刹那のこと!
戦斧を持つ男人魚が動く。
両腕を広げた格好にて、正面が無防備になっている蛾舎泰造へと襲いかかる。
「真海流淵斧式、激浪!」
駆け寄りざまに戦斧を高らかに振り上げてからの、斬と縦一文字。
たやすく空を裂き、地を抉る破壊の一閃が走る。
ガッ!
しかし渾身の戦斧の一撃は不発に終わった。
防いだのは、あろうことか人魚族の武具である盾であった。
持ち手が急場に迫られて、手放す判断をしたそれを、老兵は利用したのだ。
それもたんに拝借したのではない。
激烈かつ重い戦斧の一撃を受ける際に、がっちり盾をかざして受け止めるのではなくて、わずかに身を引き、膝と腰を使って柔軟に受け、衝撃を殺すという芸当をもやってのけた。
蛾舎泰造は盾の使い方を知っていたのか?
いいや、そうではない。
見て、盗んだのだ。この獣王武闘会の本戦中に、あるいはついさっきのほんのわずかなやりとりの合間に。
それもまた彼の優れた目と、常在戦場の生涯にて磨かれ続けた、その身に宿る何かのおかげであった。
意地、誇り、覚悟、経験、判断、センス……、その何かを言葉にするのは、とてもむずかしい。
これまでに積み上げてきたものが、ないまぜになったものなのだから。
瞬時に、取捨選択を行い、進むべき道筋を組み立て、あとは迷わず突き進み、けっして振り返らない、立ち止まらない。
滅びゆく種族の最後の生き残り。
そのプレッシャーをずっと背負い続けてきた男の歩みを、誰も止められない。
ギチリ、ギチリ、ギチリ……。
拮抗するチカラ。
戦斧を持つ男人魚と、蛾舎泰造が盾を挟んでのにらみ合い。
男人魚はぐっと得物を持つ太い腕にチカラを込めて、さらに前へと押し込もうとする。
させじと蛾舎泰造もまた盾を持つ腕にチカラを込める。
だが、両腕と片腕では、どうしたって差が出る。
そこでタイミングを見計らって、蛾舎泰造はスイとわずかに身を引いて、相手のチカラを受け流し、体勢を崩そうと目論む。
けれども、ほんのわずかな兆しから、それを察知した男人魚は戦斧を引いて、いったん後退するを選択した。
大きく跳び退る戦斧の男人魚、これを狙い撃つように放たれたのは蛾舎泰造の手にあった盾である。
しかし、それは当たらない。寸前で戦斧にはじかれた。
かくして、仕切り直しとなった三対三のチーム戦。
この時点で、深海の逆襲側はひとり脱落して、数的劣勢に立たされることになった。
一方でロストブラッド側はというと、いまのところ優勢ではあるが、じょじょに獣人化している若いふたりに影響が出始めており、何のはずみで暴発するかわからないがゆえに、けっして楽観できる状況ではなかった。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
記憶なし、魔力ゼロのおっさんファンタジー
コーヒー微糖派
ファンタジー
勇者と魔王の戦いの舞台となっていた、"ルクガイア王国"
その戦いは多くの犠牲を払った激戦の末に勇者達、人類の勝利となった。
そんなところに現れた一人の中年男性。
記憶もなく、魔力もゼロ。
自分の名前も分からないおっさんとその仲間たちが織り成すファンタジー……っぽい物語。
記憶喪失だが、腕っぷしだけは強い中年主人公。同じく魔力ゼロとなってしまった元魔法使い。時々訪れる恋模様。やたらと癖の強い盗賊団を始めとする人々と紡がれる絆。
その先に待っているのは"失われた過去"か、"新たなる未来"か。
◆◆◆
元々は私が昔に自作ゲームのシナリオとして考えていたものを文章に起こしたものです。
小説完全初心者ですが、よろしくお願いします。
※なお、この物語に出てくる格闘用語についてはあくまでフィクションです。
表紙画像は草食動物様に作成していただきました。この場を借りて感謝いたします。
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされ、生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれてしまった、ベテランオッサン冒険者のお話。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる