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927 獣王武闘会本戦 準々決勝第三試合 常在戦場
しおりを挟むニホンオオカミの好古とエゾオオカミの為朝。
女人魚のふたり。
タッグ戦は引き分けに終わった。
続く三対三のチーム戦、双方のチームの残りが出揃い、ほぼほぼバトルロイヤルの状態になる。
試合開始直後に、すぐさま獣人化するタスマニアタイガーの景親と、フォークランドオオカミの重衡。
ルー・ガルーたちが鼻先にしわを寄せ、牙を剥き出しにして「ぐるるる」と唸り声を発しては、敵勢をにらむ。
けれども先の好古と為朝らのように、不用意に突出はしない。
なぜならば、いまこの場には群れを従える絶対のボスがいるからだ。
ロストブラッドを率いるニホンオオカミの蛾舎泰造である。その血統、経歴、チカラ、覚悟……、屈強な老兵はすべてにおいて、ぽっと出の若輩者らを圧倒しており、逆らうことを許さない。
対する深海の逆襲チームの男人魚たちは、互いに目配せの後。
最初に動いたのは戦斧を持つ巨漢であった。
仲間二人が肩を貸して、踏み台となり、これを足場に大きく跳躍する。
大きな身にもかかわらず軽やかかつ、しなやかな動きにて宙にて一回転したと思ったら、そのまま真っ直ぐに降下し、地面へと戦斧を突き立てた。
「真海流淵斧式、砕波!」
爆砕された地面が大きく抉れてクレーター状となり、そこにあった大量の土砂をいっきに周囲へと散乱する。
衝撃波と土砂が混じった津波が発生し、闘技場内を席捲する。
いきなり大波に襲われたロストブラッド側、景親と重衡はとっさに跳び退って、これをかわそうとする。
しかし、蛾舎泰造のみはその場を微動だにせず。
来る波を正面から受け止めた。
だが、その時のことである!
波にまぎれて左右より接近する影があった。
男人魚のうちの、矛を持つ者と大楯を持つ者である。
深海の逆襲チームの狙いは最初から、もっとも手強いとおもわれる蛾舎泰造であったのだ。
三身一体攻撃によって、最大の障害となるであろう相手を、真っ先に潰す。
「真海流碧矛式、乱閃!」
人魚族の男が持つ矛の幅のある穂先が閃き、陽光を受けてきらめく波間のようにギラギラ光り、怒涛の乱撃を繰り出した。
「真海流溟渤盾式、大海象!」
人魚族の男の腕に装着されていた盾が激しく回転を初め、電動丸鋸のように盾の縁が鋭い切れ味を持つ刃と化す。
土砂の津波に襲われた直後、視界も悪く、なおかつ脛の半ばほどまで土砂に埋もれたような格好で、身動きのほとんどとれない状態である。
絶体絶命の蛾舎泰造、その双眸がぎらりと光り、素早く左右に走った。
かと思えば、両腕が動く。
無造作にのばしたかのように見えた手、それが掴んだのは敵の武器である矛と盾であった。
どれほど凄まじい勢いで矛を繰り出そうとも、矛先の戻りや返し、翻る瞬間、わずかばかり勢いが落ちる。
とはいえ、そこは達人が遣う矛である。ほんのまばたきにも満たない刹那にて、隙と呼ぶにはあまりにも短い時間のこと。勢いが落ちたとて、それとても毛筋ほどのことだ。それこそ最新鋭のスローカメラで撮影したとて、捉えきれるかどうか。
という零コンマの世界である。
激しく高速回転する大盾は、鋭い切れ味を持ち、触れるものみな容赦なく裁断する。
これを止めるにはどうすればいいのか?
理屈は簡単である。縁の刃先やしのぎの部分には触れずに、より内側の刃表のところを、上下からぐっと押さえて回転速度を殺してやればいい。回転さえ止まってしまえば、ただの丸いノコギリになり、脅威度はぐんと下がる。
とはいえだ。これらはあくまで机上の空論にて、実際に行うのは不可能であろう。
だというのに、蛾舎泰造という老兵は、それを実戦のさなかに、意図もたやすくやってのけた。しかもふたつ同時にである。
それを可能にしていたのは、脅威の集中力と目の良さである。
次々と奥義が放たれるのを、つぶさに観察していた蛾舎泰造は、その派手で苛烈な様には目もくれず、じっと見つめていたのは遣い手の手元であった。
転瞬、神速、閃く穂先や凶悪な刃の動きは、いかに蛾舎泰造とて見極められない。
だから、はなからそれは無視した。かわりに全神経を相手の手元に集中する。
これにより相手の次の動きを読む。
それは己が命を対価に差し出すことではじめて実現する、常軌を逸した、超高々度な後の先であった。
無謀な行為、賭けと呼ぶのもおこがましい。
だが、ニホンオオカミ、最後の生き残りである蛾舎泰造とっては、生きることイコール常在戦場である。その歩んできた道に、分がいい賭けなんぞは存在せず。
ゆえに老兵は当たり前のようにして、相手の得物に手をのばし、これを掴んだ。
そして静かな、でも重みのある声で言った。
「おい、いつまでぼさっとしている。とっとと片付けろ」
はっとした景親と重衡たち、ボスの命令に従ってすぐに動きだした。
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